第十八話 武器
九重とソラはエトアルの部屋に向かった。ソラが呼び鈴に手を出そうとするが、九重が先に押した。九重はあまりソラに扉を触らせたくなかった。
扉はうんともすんともいわなかった。
「開けてみよっか」
もはやソラはオブラートに包みもしない。
「よせ。いったんニココの部屋に戻って、寄居さんの話を早く伝えよう」
「はーい。わかったよ」
ソラはときおり突拍子もないことを言ったりしたりするが、九重のいうことを素直に聞くことも多い。まるでリードにつないだ犬を散歩しているような感覚を九重は抱いていた。
あるいは逆に、ソラには九重がまるで散歩の途中で見えない壁に立ち止まる犬のように思えているのかもしれなかった。そんなとき飼い主は犬を無理やり進ませることはしない。犬は飼い主を素直だと思うことだろう。
ニココの部屋に戻ると、ニココとリュンヌがテーブルを挟んで何やら吟味していた。テーブルの上には銃らしきものと細長い棒が置いてあった。
半裸のようなパジャマを着ているニココが戻った二人を見てうれしそうに微笑んだ。
「二人とも無事でよかった。いま着替えてくるから、黒川さんとコレ見てて」
半裸のニココが着替えると聞き、九重はついオーバーサイズの全裸の少女を想像してしまう。ニココはからだのすべてが人間より大きいが、ふつうの人間サイズに縮尺を変更しても、出るところはかなり出ている。小柄な少年に見えるソラとは対照的だ。
「布川さん、こちらに早く」
リュンヌはボーっとしている九重にテーブルにつくよう促した。ソラはすでに座っており、細長い棒をためつすがめつしている。どう見てもペンライトだ。
ライフルはかなりゴテゴテしていて使いにくそうだ。一方、ペンライトの方はペンライトにしか見えない。
「銀機高は武器持ち込み禁止ですが、ニココさんは護身用にいくつか持ち込んでいたみたいです。このライフルは見た目通りで使い方はシンプルです。ここが安全装置で……」
リュンヌは手際よくライフルの使い方を二人に教えた。九重は次第に不安と恐怖が大きくなってくるのを感じた。実際に人を撃つときがくるのだろうか。
「出力はマヒにしておきます。マヒ出力でも人を理由なく撃てば犯罪です」
リュンヌが念を押した。理由なくサイコキネシスで人を取り押さえても犯罪だったが九重は突っ込む気にはならなかった。
「このペンライトはー?」
ソラが持っていたペンライトを振りながら言った。
「それは隠し武器だよー」
制服を着たニココが奥の扉から現れた。
「そのままペンライトとして使えるんだけど、このリングを回すと
ニココはソラからペンライトを取り上げると、少し端によった箇所にあるリングを指した。
「面白いでしょ。でも、ライフルと違って出力調整できないし慣れてないと自分にあてちゃう」
そう言うと、ニココは明るく笑った。まるでそれは力自慢の戦士が「この斧はよく切れるんだぜ。ボウズにはまだ持ち上げられないだろうがな」と言っているように九重には聞こえた。
「ライフルはわたしの背中に隠しておくね。使うときはわたしの背中から抜いて。たぶんイザってときはわたし、みんなの前にいると思うから。ここね、ここ」
ニココはライフルを手に取ると、制服の首の隙間に差し込んだ。それから屈み込み、隙間を除き込んでみるようにみなに言った。
リュンヌとソラが覗き込む。同性ゆえ抵抗がない。
おそるおそる九重が見ると、ニココは下着の上に銃のホルダーをつけていた。つい胸元も見てしまう。
「九重、いま、胸元に何か挟まってないかチェックしたでしょ」
ソラが目ざとく注意した。九重はソラを睨みつけつつ顔が燃えるように熱くなるのを感じた。リュンヌが軽蔑し切った目で九重を見ている。
「人間ってこんなときもそんなことを考えるんですか。度し難いですね」
一方、歴戦の傭兵のニココもなぜか顔を赤くしていた。
「バ、バカだなー。胸元に入れてたら取り出しにくいでしょー。九重がわたしより前に出ることなんてないんだから」
それはまるでニココより前に出るなら胸元に手を突っ込んでいいと言っているように九重には聞こえた。結局、ここにいる女子たちはみんな、九重のことを無防備で経験のない守られるべきものだと思っている。そう九重には感じられた。そう思うと、九重は我慢ならなかった。
「どうせおれはニココの後ろにいるだろうけど、どんな状況になるかわからない。それに、そこが武器の隠し場所の一つなのは確かだろ」
九重はしどろもどろだ。
「鬼巨人の胸元に手を突っ込みたがる人間がいるだなんて知らなかったよ。いいよ、九重なら。わたしの胸に手を突っ込んでも」
ニココは顔を赤らめたまま、胸を九重の前に差し出した。
「ほら、突っ込まないと何が入ってるかわからないよ?」
九重は、しかし、そんなことができるほど女子慣れしてはいない。ましてこの場には他に人もいるのだ。九重は手をこまねいていた。
「いつでもいいよ。気が向いたら突っ込んでみて。何か出てくるかもよ」
ニココはそう言うと九重を見つめた。もちろん九重は固くなるばかりだ。
「二人とものんきだね。まだエトアルちゃんに会ってないんだけど。メイフェアちゃんも協力しないって言ってたし。どうするの」
ソラの一言で妙な雰囲気は消し飛んだ。
「タテ耳長が協力しない? どういうことですか」
リュンヌが声を上げた。
ソラはメイフェアとのやりとりをニココとリュンヌにかいつまんで話した。
「……人間至上主義者が地球を人質に? どうやって? 単に人間のほとんどが人間至上主義者だというだけなのではありませんか?」
リュンヌが首を傾げた。リュンヌのようなルーマン人にとっては、人間などみな同じように見えるのだろう。
「わたしも最初はそう考えたよー。でもね。やっぱり九重みたいな人間もいる。さすがに全員を短期間で軍事行動に参加させるのは難しいっしょ。それに、最悪のことを考えていたほうがいいよ」
ニココが言う最悪とは、地球が何らかの形で攻撃されそうになっており、人間が全員敵に回るということだ。
「ソラさんと布川さんはどうしますか? 今は仲間でも土壇場で人間側に寝返ると困ります。それは寄居さんの言う通りでしょう」
リュンヌは警戒心も露わに言った。確かに、その通りだ、と九重は思った。仮に地球が攻撃されるとすれば、家族が巻き込まれる可能性は否定できない。
「寄居さんも黒川さんも、もう少し落ち着いた方がいいよー。今は仲間ってだけで十分だよ。裏切らなきゃいけないような状況に仲間を追い込まない。そうゆうことだよ。それに、裏切りなんて見方の違いだから。人質なんていようがいまいが、国や仲間を売るヤツだっているんだよ」
ニココはおおらかに笑った。
「じゃあ、みんなで中条さんのところに行こうか」
「そうですね。中条さんなら、こんな事態でもきっと具体的な行動計画を練られるはずです」
リュンヌはソラと九重についてはそれ以上は言わなかった。
今度こそエトアルは部屋に戻っているだろう。ニココを先頭に四人はエトアルの部屋に向かった。
ニココが呼び鈴を押すと今度はすぐに扉は開いた。
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