第十二話 ニココ
「それで、情報は信頼できるのかな、ニココちゃん」
ソラはメニューから何か注文したようだ。
「情報は、お父さんから。娘が危ないところに行ってるって心配してんだ。それで、いろいろわたし用の装備も送ってきてくれちゃってさ」
「そんなに危ないんだー」
鬼巨人が武装すると人間の一般兵ではまるで歯が立たなくなる。だから、平時では鬼巨人の武装は厳しく規制されており持ち運びは難しい。
「いやー、心配しすぎだと思うんだよね。わたし、もう大人だし」
銀機高に応募できる年齢は国により違う。地球でも何度か応募していれば成人で入学することになる。ニココが成人でも何もおかしくない。ソラもだ。
すっかり口が軽くなったニココはソラと雑談でもするかのように危険な隣町の情勢について話していた。
「この辺の話は寄居さんや中条さんのほうが詳しいかも。なにしろ王族と軍のエリートだからね。緊張感なさそうだったのはソラちゃんたちくらいだよー」
ニココがソラを見た。ソラは素知らぬそぶりで注文した唐揚げが目の前に運ばれてくるのを見ていた。オーダーは全自動で目の前のテーブルのなかから出てくる。バーナードの唐揚げはソースで真っ黒だ。ソラはフォークで串刺しにして口に入れた。もぐもぐと咀嚼し、飲み込んでからおもむろに口を開いた。ニココはその様子を興味深そうに見ていた。
「まあ、わたしら、そういうの全然わからないし緊張感ないかも。怪しいといえば怪しいよね」
九重は勝手に緊張感のないグループに括られたことに少しムっとしたが、中学生まで星間情勢にまったく関心がなかったのは事実だった。地球人が異星人にどう思われているかなど、九重の日常とは無縁だった。
九重は不安になった。こんな話、悠長に続けていていいものだろうか。
「さっきから物騒な話してるけど、誰かに聞かれたらマズいんじゃないか」
今までの話が外に漏れ聞こえていたら、逆に九重たちがテロリストだと疑われても無理のないところだ。それに、理由はわからないが九重は何者かに狙われている。その何者かは地下武装組織と関連しているかもしれない。ソラやニココまで危なくなるかもしれない。いや、ニココの話が本当だとすると、すでに危ないわけだが。
「噂だけど、銀機高の制服にはトレース装置がついてる。前に生徒が誘拐されたときにすぐに警備が駆けつけたことがあってね」
九重は初めてそんな話を聞いた。銀機高の生徒の人質としての価値を考えればありそうな話だが。
「でも脱いで置いてきたから大丈夫だよ。それにこの部屋、防音なんだ。だから外までは聞こえないよー。ほら、人によっては大きな声が出るから」
「出る」? 「出す」ではないのか、と九重は思った。
「今、誰かが制服のロケーションをチェックしても、わたしらが半裸でお茶してるとしか思わないよ。一晩中いたら、ちょっとヘンな想像されるかもしれないけど。ま、話が早くて助かったー」
ニココはそう言うと照れたような顔をした。九重は「ヘンな想像」を想像して顔を赤くした。半裸でそういう話はやめてほしかった。
「なるほどね。敵なら武装解除されてるから扱いやすいし、味方ならより親しくなれる。どっちにしても半裸で膝突き合わせてれば効率がいいコミニュケーションがとれるってことね。バーナードのお付き合いって、合理的なんだ」
ソラが目を輝かせた。手を叩いて喜びを表現している。ニココはそんなソラを見て苦笑した。
「ま、そういうわけ。ソラちゃんも守ってあげたいんだけど、契約がないとダメなんだ。ごめんね。でも、わたしと一緒にいるあいだは大丈夫。バーナード人の友達に手を出すのはフツーは勇気がいるものよ。誰でもね」
ニココはソラから九重に向き直った。
「布川くん、いつか一緒に人智外星系に行こうよ。そのときまでにお金を貯めといてくれるとうれしいな」
ニココは九重に笑いかけた。九重はニココを直視できず、視線はニココの顔と胸を何度か往復した。何も言葉が出てこない。
「やだなー。布川くん。いくらオトコの子だからって、じろじろ見過ぎだよー。まあ、こういうお店に連れてきたのはわたしだけど」
ニココは照れている。アルコールが入って上気した肌は色気を増していた。授業初日から半裸のクラスメイトと密室でお茶会。このままでは、ただのヘンタイになってしまう、そう九重は危惧した。慌てて真面目ぶって見せる。
「それはともかく、おれらは明日からパイロット科まわるんだろ。予習とかしなくて大丈夫か」
するとニココが平然と言った。
「わたし、宇宙船の操縦、Cクラスまでならできるし。明日はたぶんシミュレータじゃない? ほら、プリンセス科のカリキュラムは謎だけど、ほかの科のカリキュラムはだいたいわかるじゃん。毎年卒業生出てるんだからさ」
ソラも当たり前のように言った。
「わたしも操縦できるよー。宇宙のソラだからね!」
九重は背筋にヒンヤリとしたものを感じた。
「もしかして、おれ、明日の授業ヤバいかも。荻川さん、そろそろ帰りませんか」
「そだね。二人のおかげでいいお茶だった。帰ろっか」
「いいお店紹介してくれてありがとー、ニココちゃん」
「わはは。ちょっと遠いけど、いい店っしょ? 防音個室なのにそんな高くないしねー」
ソラは誰かと来るアテでもあるのだろうか。九重は突っ込めなかった。
ネモローサ寮にたどり着くと、三人は揃って三階に上がった。だが、三人の部屋は決して近くはなかった。まず、ソラが自室に戻った。
いま、九重はニココと二人きりだ。あたりには誰もいない。廊下は鬼巨人でも楽に歩ける広さを確保している。二人はしばらくは無言だった。
「あのー。布川くん」
突然、ニココが九重に話しかけた。
「な、なんですか」
二人きりだと九重はどうしても圧を感じてしまう。それはニココが鬼巨人だからというだけではない。ニココの立居振る舞いから溢れ出る一人の戦士としての自信に九重はいつしか感じ入っていた。そして、ときおり見せる子どもっぽい夢見るような大きな瞳とのギャップにドキドキさせられっぱなしだった。
「わたし、本気だから」
九重はいっしゅん、告白されたのかと思った。だが、ニココの夢見る瞳は遠く彼方を見据えていた。
「わたし、本気で人智外星系に行きたい。周りにはバカげてる、バカやるならもっと金を稼いでからだ、なんて言われるけど……お父さんからお金を受け取らずに契約するなって言われてるから布川くんのボディガードは引き受けらんないけど、友達としてなら、助けてあげられる。だから、その、友達ってことで、いいかな?」
顔を赤らめたオンナの子に話しかけられるなど、クラスの女子から微妙な距離を取られ続けていた九重には初めての経験だ。
「ほら、布川くんも、人智外星系目指してるでしょー?」
ニココの視線は今は九重に向かっていた。だが、九重はニココの方を向くことすらできず気が付かない。
「荻川さんがそう言うなら……仕方ないな」
九重は威厳を取り繕おうと居丈高に言ったつもりだったが、まるでそんなふうではなかった。単に照れている男子で、その通りだった。
「やった! じゃあ、九重って呼ぶね。わたしもニココでいいから。おやすみ。また明日ねー!」
次の日、ニココは授業を無断欠席した。
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