第十一話 予兆
「九重と地球政府との関係なら、わたしも聞きたいな」
ソラは隣にいる九重を見た。この状況。九重は尋問されていた。
「なんでおれなんだよ」
九重は呻いた。
「そりゃー宇宙のソラちゃんだし。地球の布川くんだからでしょー。っつか、ふつう、怪しいヤツはスパイじゃないっしょ。ソラちゃんは、なんかつかみどころがなくて怪しい。布川くんは、ふつうのおのぼりさんてかんじで怪しくない。つまり怪しいのは布川くんだよー」
ニココはさも当たり前のように言った。
「そんな。だっておれ男子だぜ。男子のプリンセスとか怪しいだろ」
半裸の巨女子の圧は半端ではなかったが、九重はなんとか反論した。
「それは怪しいんじゃなくてヘン。ヘン過ぎてかえって怪しくない。だから結局、布川くんスパイ説。地球政府からなんか聞いてない?」
九重は軌道エレベータのゲート前で別れた係官を思い出そうとした。まったく何も思い出せない。道中気を付けてと言われたくらいだ。
「なにも……軌道エレベータの料金は政府もちだからって念を押されたくらい」
ブフっとニココは噴き出した。
「マジで、そのくらい!? わはは。おなかイタイ」
ニココは笑い転げている。一方、ソラはのんびりとストローで甘いトロピカルなお茶を飲んでからおもむろに切り出した。怪しいと言われたことは気にならないようだ。
「プリンセス科に人間二人いるから怪しい、地球政府のスパイだ、なんて言われてもさ。そりゃ地球は人間の主星だけど、ほかの星にもいっぱいいるよね。それだと九重は何を話していいかわからないんじゃない? ニココちゃんは、なんか聞きたい話でもあるの?」
ニココはひじをついて頬に手をあてた。
「わたしもね、別に敵対したいわけじゃないの。ただ、知りたいだけ。どうして隣町に武器が集まってるのか。人間用のSランク装備ばっかり。隣町を占拠でもするの? それとも銀機高?」
ニココは九重を見つめた。
「そんなの、知るわけないだろ」
九重はせいぜい毅然として見せた。だが、パンツ一丁では迫力も何もあったものではない。
「そう言われてもね。逆に、知らないほうがおかしくない? 人間用の武器を使うのは人間だよ。だったら何かコトを起こすのは人間だよ。この辺りでコトを起こそうってのに人間のプリンセスは蚊帳の外ってわけ?」
ニココは手持無沙汰そうにテーブルの上の注文用端末を見た。
「九重が知らないってことは、地球政府は関係ないんじゃない?」
と、ソラ。
「勝手に地球政府の間者にしないでくれ」
「マジで知らないなら、布川くん、危なくない?」
ニココはテーブルの上の端末で追加注文をしながら言った。
「……なんで」
ニココのオーダーはすぐに運ばれてきた。真っ黒い液体だ。アルコールの臭いがする。
「いや、だって。武力衝突の緊張感が高まってるのに、何が起きてるか知らないってことは、知らなくていいってことでしょ。知らなくていいってことは、関係ないか、必要ないってことだよ。銀機高でコトを起こすのにプリンセスみたいな重要人物が関係ないってことはないでしょー。ってことは必要ない、つまり邪魔だってことじゃない?」
「あ……」
九重には心当たりがあった。昨晩の毒殺未遂。銀河人類帝国皇女の「夢」と一緒に忘れてしまおうと思っていたが、パジャマ姿の女子が銀機高ライトヒューマンソサイエティの手紙をもってきたのははっきりと記憶している。
「ライトヒューマンソサイエティ」
思わず九重は口にしていた。
「なになに? いきなりなに?」
ソラが興味津々に突っ込んでくる。
「昨日の夜、入会しないかって手紙が来た」
「それって、今、流行ってるっていう異星人排斥団体じゃない?」
ニココが不愉快そうに言った。
「え、そうなの? 地球じゃ聞かない名前なんだけど」
九重は驚いた。てっきり地球人の親睦会のようなものだと思い込んでいた。
「地球人と異星人がトラブルを起こすのはたいてい異星人の多い地球の外だからねー。地球では知られてないのかな。でも、人類は人間だけでほかは亜人類だって過激な主張でけっこう嫌われてるよ」
九重は手紙に毒が塗られていたことは伏せた。その情報までは言わないほうがいい、そう強く感じた。
「わたしのとこには来なかったなー」
ソラはのんきだが、九重は自分の知らないことの多さを不安に思い始めた。
「お、おれはもちろん入るわけないよ、そんな団体」
「わたしもそのほうがうれしい」
ニココは自分が尋問しているにもかかわらず自然な笑顔を浮かべた。種族は違うが、九重は確かに自分に似ているかもしれない、と思った。きっとニココも自分の置かれた状況で必死に生きているのだ。クラスメイトを初日から尋問だなんて、ニココが好きでやっているようには九重には思えなかった。
「九重は、きっとその団体が何か企てているに違いない、って思ってるんだよね?」
そこまで九重は考えていなかったが、もともと自分の毒殺未遂に何らかの関係はあるとは思っていた。
「お、おう」
「なるほどねー。地球政府じゃなくて、ライトヒューマンソサイエティが何か企んでるってことね」
ニココはそう言うと、しばらく何か考え込んだ。それから二人の手をそれぞれ左手と右手でつかんだ。
「わたしは二人を信じることにした。やっぱり、わたしたち敵対しなくて済んだね! よかったあ!」
ニココは本当にうれしそうだ。なぜかさっきまで尋問されていた九重までうれしくなってしまう。
ニココはかんぱーい、と一人で言うと、手元の黒い液体を飲み干し、さらに端末で追加注文した。ニココの肌は上気していた。
「ねえ、布川くん。きみ、危ないからさ。わたしにお金払いなよ。お金をくれたらプライベートのガードになってあげるよ! 一日五十万円でいいからさ」
九重にはとてもムリだった。それは九重の実家の両親共働きの一か月の手取りだった。
「いや、いい」
「なんでー? 寮の部屋もさ、わたしといっしょでいーよ! 鬼巨人用の部屋は広いしさ」
ニココと同棲。ついいろいろと想像してしまいそうになるが九重は我慢した。
「お金がないんだよ!」
「あっそ。じゃあ、仕方ないなー。さすがにそれ未満じゃお父さんに怒られるしなー」
ニココは残念そうに言った。
「一日五十万円は最安のプレミア価格なんだけどなー。デンスカニス衛星紛争のときなんて、一日二百万円くらいだったんだよ。えっへん」
デンスカニス衛星紛争とは、ケンタウリとルーマンのあいだにあるデンスカニス宙域で十年前にあった紛争だ。近年では稀な大規模武力衝突だ。
そう言うと、ニココはまた注文した手元の黒い液体を飲み干した。
「だってさー。宇宙冒険隊ってさー。あこがれじゃん! わたし、初めて会ったよー冒険家になりたいなんてバカ言うヤツー」
そう言うと、ニココは九重に顔を近づけた。
「守ってあげたいなー」
しなやかで強靭で、それでいてやわらかいニココの体からいい匂いが、そして顔からはアルコールが漂ってくる。九重は心臓がバクバク言っているのが緊張のせいか呼吸困難のせいかわからない。どちらにしても、声が出せない。
「九重って意外にモテるんだねー」
ソラは興味なさそうに呟いて、自分も追加注文をするためにテーブルの上の端末を見た。
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