第187話 砂漠の町前哨戦(2) 第三者side

「――な、何だ。いまの衝撃は!?」


 震える足に力を入れながら立ち上がるマシュー・ブラモンドは、頭を振りながら周囲を見渡す。

 

「城壁から叩き落されたのか!」


 マシューは、眼を上げる。

 すると彼の目に映りこんできたのは、エイラハブを囲っていた城壁の一部が崩れた光景であった。


「あの衝撃波で――、勇者が放った攻撃で城壁が――、たったの一撃で……」


 理解が追い付いていないのが、兵士団長が呟いた言葉は、言葉にはなってはいなかった。

 先ほどまで彼が――、マシュー・ブラモンドが居た城壁は、ワイバーン程度ならば数回の攻撃は受け止められるほどの耐久を持っていたからだ。

 だが、彼が混乱していられるのは一瞬であった。


「エイナが!」


 そんな悲痛な声が彼の耳に入ってくる。

 思わず彼は声のした方向を見た。

 そこには女性の兵士が横たわり、その視線は城壁の方へと向けられていた。

 そして、その女性の視線を追うようにしてマシューは城壁の外――、城壁を破壊したであろう元・勇者の方を見てしまう。


 ――そう、人間を咀嚼し笑う黒き竜人の姿を――、堕ちた勇者の姿を。


「なん……という……ことだ……」


 彼は、剣を杖代わりにして、体を支えながら震える声で呟く。

 咀嚼されているのは冒険者の女性。

 竜人の口元からは、真っ赤な血が滴り落ちる。

 本当に短い時間、生きながら食われていた女性は悲鳴を上げ、そして苦しみ絶命した。

 その一部始終を見せられていた冒険者と兵士達は、あまりにも常軌を逸した元・勇者の姿に恐怖し恐慌状態へと陥る。


「む、無理だ……。勇者に勝てる訳が……」

「いやあああああ、エイナアアアアア」

「化け物が、せめてきたぞ!」

「どうするんだよ! 矢が効かないし城壁も無くなって――」


 混乱している間にも、次々と魔物の群れが崩壊した城壁の隙間から入り込んでくる。


「隊長! 魔物の群れが進軍を開始しました! 指示を!」


 残された城壁の上から矢を放つ兵士達。

 その中の一人がマシューに向けて指示を仰ぐが、目の前で同じ人間が生き乍ら食われるという姿を見せられたマシューは、頭の中が完全に真っ白になってしまい、周りからの声を聴くことはできなかった。

 その間にも、城壁から落ちた兵士や冒険者達を始末していく魔物の群れ。

 城壁の上から落とされた彼らは、まともに動くことも出来ず、魔物に料理されるのを待つだけであった。


「隊長。大丈夫ですか?」

 

 呆然としていたマシューに肩を貸しながら起こしたのはベルガルであった。


「あ、ああ……」

「これは……、お前達! 油壷を、城壁が崩れた場所へ投げて火をつけろ!」


 マシューが、まともな指揮をできないと判断したベルガルは、命令を下す。

 すぐにベルガルの指示通りに油壷が城壁の崩れた個所へと投げられ次々と割れていく。

 そして松明が投げ入れられ大きな火の手が上がった。

 崩れた城壁は、炎が壁の代わりとして機能する。


「隊長! このままでは全滅ですぜ! すぐに撤退の指示を!」

「あ、ああ……。だが、こんなに早い時期に撤退すれば商人たちが逃げる時間が……」

「それは、分かっておりますが、城壁が壊されたとなっては……」



 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る