選択

@I-my

1

爆音。

「第二防衛ライン、突破されました!メイバー、早く支援を御願いします!」

振動。

「もう少しだ、もう少し持ちこたえてくれ」

緊張。

「も、もうダメです!敵はすぐそこまで」

破壊。

「こちらの残存部隊は未だフォーメーションが崩れたままです。このままじゃ」

懇願。

「後二十分、いや十五分耐えろ、そしたらロック小隊が」

銃撃。

「……!あ、が」

「おい、どうした!」

悲鳴。

「ガァァァァァ!あ、あぁ…」

鮮血。

「サイ!」

暗転。

「答えろ!」

不安。

「クソ、……」

予感。

「…ロック小隊、リペス隊長聞こえるか」

無音。

「答えろ、リペス!」

絶望。

「…応答してくれ」

沈黙。

「……」

苦悩。

「リペス、サイ…」

蒼白。

「…………………(物音?)……………」

永遠。

一瞬。

悪夢。

現実。

昨日。

現在。

「……貴様らは?」


明日?


ーーーーーーーーーー

「西暦2099年、4月18日。

今日で、人類が核を捨ててから150年。

それでも未だ私達は、争う事を止めません。

一刻もは」

ニュースを切り、合成肉のハンバーガーを食べ終え、何と無く服を着替えて外へと歩いた。

懐から時計を取り出すと、12時51分。

目的地がある訳じゃなく、ただ散歩がしたかった。たまには悪くないだろう。

空は青く、地には程よい緑が茂っていて、風も心地よい。嘘臭いぐらい快適だ。

いつもの場所の自動販売機で、いつもの水を買った。

うまくはないが、安い。

切符を減らさずに済む。


そんな事を考えながら、ずっと歩いた。


どれ位経っただろうか。

近くに有った木製のベンチに寝転がり、青空を仰いだ。

雲がのんびりと流れていく。

それを眺めるのが昔から好きだった。


家で見たニュースを思い出す。

完全核廃止条約、通称東京条約についての悲しく、そして馬鹿馬鹿しい報道だった。


今から遠く昔。

かの第二次世界大戦中、日本国首都・東京にこのアメリカは1発の核を落とした。

当時の日本人は新型爆弾と呼称していた様だ。

半径38㎞を吹き飛ばし多量の放射線を放出、戦争の最中であった事も手伝い被害者の数は未だ不明。

1945年、8月6日の事らしい。

その威力は、米軍、政府の予測していたそれよりもずっと大きなものであった。

結果、ほぼ国としての機能を失いかけたのは言うまでも無く、既に終わりが見えていた第二次大戦の終結を早める事になった。

人類は、自らに深く恐怖した事だろう。

その後のではあるが、東京周辺の様子を映した映像を見た事があるが、まるで廃墟だった。

当時は、除染という概念も無かった様で被爆者の数も増えたらしい。

アメリカと日本国の終戦条約が結ばれ、暫くの後、国連で「平和利用を含めた」核の完全廃止も取り決められた。

ニューヨークで決められた事だったが、この悪夢を繰り返させない為、忘れない為に東京条約と名付けられたそうだ。

世界は、核を棄てたのだ。


……そして。

それから150年が経った。

何でも、日本は生物化学だ遺伝子学だかが発展していて、食糧供給が完璧に行われているとか。(ソイレントシステム、ゴシップはそう言っていた。)


あの国は鎖国し、この国は社会主義となり、EUの結合は強まり、

それらは未だに続いている。

未だ人は殺しあっている。

人類は核を棄てたが、銃は棄てなかった。

戦争は続いているのだ。


暫くは宗教争いが続いたが、今の流行りは経済らしい。

社会主義をどうにか成り立たせるための戦争。

俺が怪我で辞める少し前から半強制的な徴兵が行われ、多くの人々が無理矢理集められたり、また軍需企業へと職場を変えられたりした。


そうして、都合良く資本主義国、主にEU軍との小競り合いが起きるようになった。


それから少しすると、切符の羽振りがほんの少し良くなったのだ。


ここの所不況に陥っていたヨーロッパでも、景気が良くなったらしい。


総ては、空想で妄想で、推測。


でもそれが頭を離れない。


………双方の了解の元での、予定調和的な殺し合い。


そんな事はあり得る筈がない。

だから、俺はこんな事は絶対に口にしないし、なるべく考えないようにしている。


……景気が良くなったからか、衝突が起きているにも関わらずメディアは明るいニュースばかり流している。


たまたま今日は、日が日だけにあんなニュースだったが。

それにしても、何が「争うことを止めません」なのか。

茶番にも程がある。


一口、水を飲んだ。

今日も不味い。


向こうから、誰かが歩いてきた。


「不機嫌そうな顔してるわね、サイ」


隣に住むレンセムだった。


「嫌な事でも有ったの?」


そう言って、俺が寝ているベンチに腰かけた。


「ああ、特段嫌な事がな」


「そう」


聞いてはこない。

そういう女だった。


「今度一緒にご飯でも食べましょうか」


だが優しい女だった。


「ああ、その内な」


今はそんな約束をする気分にはならなかった。


「あ、そうだ。これあげる」

「何だこれ」

「チェーンよ。

懐中時計の鎖、いつの間にか失くなってたでしょ?」


「良いのか?」


「ええ。父のだったの」


彼女の父は、この前の徴兵で集められて死んだらしい。

前にそう言っていた。


「本当に良いのか?」


「ええ、あげる」


時計の金鎖か。

昔、こんな小説があった気がする。

あれは何て名前だったか。

暫く、俺も何かやれるものがないか考えたが、俺には何もなかった。


代わりに、この時計の元の持ち主についての話をする事にした。


「この時計、軍の頃の隊長がくれたもんでな」


「そうなの」


「俺がつけてるのとおんなじやつをくれてやる、だからお前らは死なないって、言ってさ」

リペスも貰っていた。


「?

だから死なないって?」


「俺が死ぬはずがない。その俺はこの時計を付けている。だからこの時計を付けてる奴が死ぬ筈がない、てさ」


「……良い人ね」


「ああ、良い人だったよ」


「軍人でも良い人は良い人なのね」


「………ああ」


レンセムは立ちあがり、俺に背を向けた。


「今度食事、絶対だからね」


そう振り替えって微笑み、彼女は言った。


この場所で、やっと俺は幸せになれるのだろうか。

レンセムは良い女だ。

特段美しい訳でも、特段頭が良い訳でもない。

………おっと、こんな事言ったら怒られそうだが。

だが、良い女なのだ。

上手くは形容出来ないが………


その時、先ほど忘れていた小説の名を思い出した。

そうだ、彼女は。

彼女は賢者なのだ。

俺と違って。


でも、いかに俺が愚者でも、礼くらいはしなきゃいけないだろう。


切符は余っていた。

何を贈ろうか。


色々考えていると、風が吹いた。

寝転がったベンチから首を傾ける。

ワルシャー社のチラシ。

この美化地域を作った、軍需企業。


ああ、そうだ。

何をバカな事を考えていたのだ。

何を幸せに浸ろうとしていたのだ。


そんな事有ってはいけない。

目を反らして、バカになっていて良い筈がないのだ。


手元には、綺麗なチェーンに似合わない、汚れた時計。


メイバーや、リペス………何が何だか良く分からない状況のまま、死んでいってしまった友人の事が思い出される。


頭に浮かぶのは、未だに家にある古びた教科書だった。


東西冷戦の折、この東京条約が破られていた事を示唆する事件があった。

ニュージャージーでの大きな爆発、核だった。

原因は未だに分からない。

が、どこからもミサイルの発射は確認できなかった。

どちらにせよそれで冷戦は終わったのだ。

キューバに核有りと叫んだアメリカに核があり、間抜けな事に事故が起きた、国際世論は大筋こうであった。

東京で起きた爆発より小さなものだが、被害は甚大であった。

更に不幸………いや、人の悪意は連鎖した。

そのほんの少し後にテロ………ホワイトハウスが爆破されたのだ。

実行者は不明。


これを好機と捉えたロシア及び各国はアメリカに対し軍事侵略。

この国は事実上の属国と化した。


イデオロギーの対立であった冷戦において、敗者たるこの国がその思想を否定されるのは当然だ。


競争を捨て、穴だらけの平等へ。


アメリカは社会主義となった。


ペレストロイカ。この思想の転換はそう呼ばれている。



これら一連の余りにも出来すぎた流れは、米国内では情報統制、隠蔽されている。

米国民は、一部を除いて、国外へ出る事が禁じられており、彼らは真実を知らないまま生き、死んでいく。


ここまでが、かつてメイバー……今はもういない隊長がこっそり貸してくれ、彼と一緒に逝ってしまったリペスと一緒に読みふけったあるヨーロッパ圏内の教科書に載っていた内容だ。

初めて読んだ時のあの興奮と憤慨は二度と忘れない。

まさか可哀想な奴等扱いされてるなんて。

当然、学校が言っていた事とは何もかも違かった。

最初、メイバーが語る真実を俺は信用しきれなかったが、それでも彼の言うことは真実だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る