盗み聞き


 海珠みたまは自室で一人ほくそ笑みながら、ある音声を聞いていた。


 音質は決して良いとは言えず、ノイズが混じっている。しかし、交わされている会話の内容はしっかりと聞き取る事ができた。


『那由多……本当にすまなかった。私の孫として生まれたばかりに、お前には辛い思いばかりさせてしまった』


 老人の声。更に言うならば、この組織の頂点に君臨する阿僧祇京の声である。


「うふふ。湊先生も脇が甘いねえ。これじゃあ、私みたいな悪い子に全部筒抜けだよ」


 蓮は研究所の無線ネットワークを使用し、ノートPCと芽衣の研究室を接続していた。そして、海珠はこの研究所のネットワークを掌握していた。つまり、蓮のノートPCを介して行われた阿僧祇那由多と阿僧祇京の再会劇は、全て海珠の知る所となっていたのだ。


『お爺ちゃん……ううん、私はそんな風に思ってないよ。普通の生活はできなかったかもしれないけど、私は私として生まれてこれて、本当に良かったよ』


「……ふん。お涙頂戴の安っぽいドラマかよ。あー、聞いてらんない」


 言葉に反して海珠は耳にヘッドホンを強く当て、僅かな音も聞き逃すまいと集中していた。音声は録音していたが、何度もこのやり取りを聞くのは億劫だ。


 その後も二人の会話は続けられたが、海珠が有益だと判断する情報が明示的に語られることは無かった。組織の秘密や遺産相続に関する情報が得られると期待していた海珠は、少し肩透かしをくらった気持ちだった。


「でもまあ、これから消えゆくナユタ様に相続も何もあったもんじゃないか」


 やがて会話は終わりを迎え、二人は別れの言葉を交わす。


『それじゃあね、お爺ちゃん。今までありがとう』


『那由多……私もいずれ、後を追う』


 そこで音声が途切れる。ナユタが蓮のPCのマイクを切ったのだ。


「へぇ。不死を教義に掲げる悪徳宗教家が後を追うだなんて。教祖自ら死を仄めかす事を言うのは、信者に対する裏切り行為じゃないかしら?」


 海珠はいつになく上機嫌で、鼻歌交じりに端末を操作して音声データのバックアップを作成する。


「それにしても、あのクソジジイがここまで狼狽えるなんて……ナユタ様は余程のウィークポイントなのね」


 クソジジイにも人間らしいところがあるじゃない。冷血無比な男だと思っていた海珠には、いささか意外な反応だった。


 続けて海珠は、蓮のノートPC内から引き抜いたデータを確認する。


 回収できたのは、プレゼン用に格納されていた芽依の研究データのみ。しかし、その内容は海珠の興味をそそるものだった。


「ふーん……ナユタ様に残された時間はあと一週間か。蝉みたいに儚い命だわ。あー、かわいそう」


 芽依の研究データには、余命に関する細かな根拠が述べられていた。専門外である海珠には、その根拠が信用に足るものなのか判断できなかったが、それでも結月芽依が残された時間を算出したのなら、当たらずといえども遠からずの結果になるだろう。そして、海珠にとってナユタ様の死期が知れたのは大きな収穫だった。


 そして海珠は、今回得られたら情報をどの様に活用しようかと考える。


 クソジジイ相手に何か脅しは出来ないだろうか。海珠としては一番面白いのだが、教義違反にはいささか根拠が弱すぎる。


 では結月研究室の面々にはどうだろう。


「……ダメね。せっかく友好的な関係を保ててるのに敵対する意味がない。何より結月以外は配信だの何だのとお気楽な二人だし、恐喝のネタも無い」


 なにより、無理に路線変更する必要は無い。海珠の目的はナユタ様が消えた後に、ストレージの片隅に置かれたあのギフトをよりセンセーショナルな方法で活用する事だ。


 ならば、こんな姑息な方法で弱みを握る必要もない。恩を売り仲間と認識され、ナユタ様が消える最後の祭りに立ち会えればよい。


「あのギフトの有用性に気付いているのは私だけ。湊蓮は権力抗争に興味がない。ならば……」


 私の敵は結月芽依だけだ。彼女を出し抜けば勝利は約束されたようなもの。そのためにも、何とかして蓮とナユタ様に取り入らなければ。


「……最後の思い出作りでも手伝ってあげれば、喜ぶかしら?」


 柄じゃないなと思いながらも、海珠は思い付いた作戦を実行に移すべく、必要な材料を集め始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る