正誤の分からぬネクストホップ
「……呆れた。蓮は何やってんのさ」
芽衣の小言を背に受けながら、私はモニターに向かい合い、ナユタ以外のVtuberが配信した動画を眺めていた。
「勉強だよ。ナユタと残りの時間を過ごすために必要な知識を得ている」
「何の考えか知らないけど、随分回りくどくない? 好きな子の趣味を勉強しているウブな高校生みたいで可愛いけど、そんな事しなくても蓮はナユタちゃんと幼なじみなんでしょ。今まで積み重ねてきた時間は無意味だったとでもいうの?」
「人間関係を構築する上で、過ごした時間が全てという訳ではない。長い付き合いの友人だったとしても、進学や就職なんかで環境が変われば関係性も変わらざるおえないだろ。例えば、仕事終わりによく飲みに行く同僚がいたとしても、どちらかが結婚でもすれば誘いにくくなる。ギャンブルが趣味の友人がいたとして、そいつに子供ができて家族の優先度が高まれば趣味の話題は振りにくくなる。人は環境に応じて関係性が変わって来るんだ」
「それがナユタちゃんにどう関係するの?」
「ナユタは人間としての体を失ったんだ。以前の様に、日の光を浴びて温かい気持ちになったり、風を感じて駆けまわったり、自転車に乗ったり、そんな普通の人間は当たり前のように享受している日常を取り戻すことが出来ない。俺がナユタに引き目を感じていたのはそこだったんだ。さっき外に出た時、蒸し暑い中セミの鳴き声がうるさかった事を何気なく話せば、彼女を傷つけてしまうかもしれない」
しかも、ナユタの今の状況を選択させてしまった責任が私にもある。もちろん、通常の医療ではどうしようもない状況で、死か不自由な生かの二択に正解は無いだろう。それでも、不自由な生を強要してしまった引き目は感じてしまう。
「だから私は、今まで交わしてきたような普通の会話を捨て去ろうと思う。そして、ナユタの新しい環境に合わせた関係性を構築していきたい。今のナユタは、このVtuberというモノにぞっこんだ。だから、私もこの世界を知るところからナユタとの関係を再構築していきたい」
「はぁ。環境が変わったって、昔話に花を咲かせることぐらいできるとは思うんだけど。突然行方を眩ませたBCIの世界的権威が、こんな所で動画ばかり見ているなんて、ほんとお笑い種だわ。でもまあ、蓮なりの考えがあるみたいだし好きにしたらいいんじゃない?」
芽衣はそう言って、端末のキーを叩き始める。自分の作業へと戻ったらしい。私は私で、猫や山羊や蛇の要素を取り入れた派手な衣装姿のVtuberの動画へと目を向ける。
やっている事はナユタと対して変わらない内容だ。ゲームをしたり雑談をしたり、時には歌って見せたり。それは、このキメラのようなVtuberに限った話ではなく、多くの配信者が似たような内容に落ち着いているように思える。
やはりバーチャル世界では活動できる事が限られてしまうのだろう。中にはモニターを使い現実世界で活動をする配信者や、創作論や雑学などを紹介する配信者などもいて、他とは違う道を模索しているようにも見受けられたが、それらの新しい形は後追いの配信者たちの出現によってスタンダードなものへと変化していった。
そうなると、他者よりも頭一つ秀でようとすると、モデリングの出来か中に入る魂の人格に依存したレースにならざる負えない。今はそれでも並々ならぬ盛り上がりを見せているが、このまま同じことの繰り返しではいずれ飽きられてしまうのではないだろうか。
そんな不安を覚えながら動画を見ていると、デゥアルモニターの片側にナユタの姿が現れる。
「何見てるの?」
自分以外の配信者の動画を見ている事に対する嫉妬心を感じさせない、純粋なる疑問を投げかけるような声色でナユタは尋ねる。
「
「蓮はナユタちゃんとの話題作りにVtuberのお勉強を始めたんだって」
芽衣が余計なチャチャを入れる。しかしナユタは芽衣の言葉に手を叩いて喜ぶ素振りを見せる。
「ララちゃんの動画も面白いけど、もっとおすすめしたい人がいっぱいいる! まずは蓮さんこれ見て!」
その言葉と共に、ナユタの表示されているモニターに複数のリンクが出現する。
「……一つじゃないんだな」
「うん、お勧めしたいの沢山あるから!」
「生配信のアーカイブもあるから、全部見てたら日が暮れるぞ」
「ダイジョブ、複窓で見れば二時間で終わるよ!」
「一度に複数の動画を並行処理で見れるは、ナユタぐらいじゃないかな?」
「蓮さんのお陰だね♪」
私は苦笑しつつも、ナユタの新たな身体の事を差しさわりの無い冗談に組み込めたことを嬉しく思った。ようやく自分は正しい道筋を歩み始めたという期待に胸を膨らませつつ、リンクの一つを開きナユタの解説を聞きながら動画を視聴する昼下がり。
この充実した時間が永遠に続けば良いのにと、叶わぬ願いが脳裏をよぎった。
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