十三階段・カウントアップ
その日、ナユタはいつも通りに配信をしていた。
最近の流行りだというゲームをしながらコメントに対し返答するという、いつもと変わり映えのしない配信。あまりにも退屈な内容に、思わずあくびが漏れる。
「退屈?」
芽衣が聞く。
「いや、まぁ」
私はそう答えながら、コーヒーに口を付ける。
ことさら触れる程でもない配信内容にと、技術的な発見も見出せそうにない現状に、芽衣との会話も弾まない。
視聴者とナユタ自身は楽しんでいる様子だが、蚊帳の外から動画を楽しむという視点とは別の目で配信を見守る私たちにとって、少々苦痛な時間が続いていた。
「少し眠ったら? 昨晩も遅くまでナユタちゃんの入出力の調整をしていたんでしょ」
確かに、ナユタが配信を始めてから私は睡眠時間を切り詰めていた。ナユタが配信を行うのが、視聴者の生活リズムに合わせ夜間に行う事が多い。有事に備え、その間のモニタリングは欠かさずに行う。
そして、配信後はナユタの脳波を出力する装置のメンテナンスを行う。以前、出力装置の障害が引き起った際、朝に目を覚ましたナユタがパニックに陥った事があった為だ。
考えてみれば当然の事だ。目を覚ました瞬間、体の感覚が無く目も見えず耳も聞こえない。そんな状態になれば、誰だって死を思い恐ろしく思う。
ましてや、ナユタは一度その死を経験している。その時は偶々機器の不調だったが、そんな事をつゆとも知らないナユタからしてみれば、今度こそ本当に死が訪れたと考えるだろう。
「いや、大丈夫だ。配信中にイレギュラーが起これば、後でナユタにどやされかねない」
私はこめかみを押さえつつ答える。ナユタに二度とあんな恐ろしい経験をさせるわけにはいかない。けれど、ナユタのやりたい事を制限するつもりもない。
ならば、私が無理をしなければならない。
「過保護ねぇ。でも、安心しなさい。どうせ何も起こらないし、起こってもある程度の事なら私が対応できる。どうしてもって時には、すぐに蓮を起こすわ。だから、少し眠りなさい。自覚は無いみたいだけど、相当疲れているように見えるわ」
「いや、しかし……」
「ナユタちゃんは良い子よ。蓮がナユタちゃんの為にしてあげている事は理解してくれているわ。だから、配信中に少し眠っていたって気にする訳ないじゃない。それに、この後も機器のメンテナンスをするんでしょう? だったら、休んでおかないと変な見落としをして、またナユタちゃんを怖がらせる事になるわ」
芽衣の言葉は説得力があった。無理をし過ぎて私が潰れれば、結果としてナユタを悲しませてしまうのかもしれない。
「……すまない」
私は芽衣の好意を受け入れ、椅子の背もたれを倒し、目をつぶる。意識はすぐに遠のいていった。
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何事もなく、淡々と過行く時間。この時間を退屈と感じる事こそ、ナユタの配信を日常として受け入れ、その日常が平和に過ぎていく証左であったのだが、しかし平和を享受できていたと認識するのはいつだって平和を失ってからなのだ。
「蓮! 起きて!」
芽衣の切羽詰まったような言葉に私は飛び起きる。時計を見ると、私が眠りについてから三十分も経っていなかった。
「何があった?」
私は芽衣に尋ねながら画面を見て、状況を理解する。
配信は続いていた。しかし、配信を行っている阿僧祇ナユタが人形のように固まっていた。プレイ中のゲームの操作も止まっており、ナユタが操作していたキャラクターが周囲を敵キャラクターに取り囲まれ、一方的になぶり殺しになっている。
「突然ナユタちゃんの動きが止まったの。バイタルもこの状態。ナユタちゃんの脳から発信される脳波の出力量が著しく低下しているわ。今、脳内血糖値を高めて、蘇生を試みてる」
芽衣は自分の端末を操作している。おそらく、ナユタを生かしている装置を操作しているのだ。
私は慌てて出力装置のステータスを確認する。しかし、異常は何処にも見受けられない。つまり、今起こっているこの事象は、装置の問題ではなくナユタ自身に何かしらの問題が起こっているという事だ。
おどろおどろしい音楽が配信映像を映し出すモニターから流れる。画面を見ると、ナユタが操作していたキャラクターが倒れ、ゲームオーバーを示す画面が表示されていた。
コメントでは、放送事故を心配する声で溢れていた。私は即座にナユタのアカウントでログインし、配信を停止させる。
「ナユタ……」
今の私にできる事はもうない。後は医療方面の専門家である芽衣の仕事だ。
配信を切っても、私のモニターにはナユタの固まった姿が映し出されている。今のナユタは何かを感じる事が出来ているのだろうか。
私は研究室の別室へ移動し、巨大な水槽に浮かぶナユタの本体を見上げる。芽衣の予想した寿命まではまだ時間があるはずだ。しかし、予想よりも早くこの体に限界が来たのだろうか。
「頼む。無事であってくれ」
何をもって無事と言えるのかは分からないままに、私は祈り続ける事しかできなかった。
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