沼には沼の副作用・おまけ

 バラ栽培にはまって一年目と二年目の春から夏にかけて、バラの鉢植えを会社に持ち込み、その合い間の秋から早春にかけて寄せ植えを複数持ち込んだ私は、同僚の皆々さまに植物が好きな人と認定されたようだった。

 それは全く構わない。とっくに動物好きは知れ渡っていたし、そこに植物が加わっても本当のことだから、別に痛くもかゆくもないと思っていた───が、そこに乗っかった同僚おいちゃん達の行動は、想像の斜め上を行くものだったのだ。


 とある日、ふと気が付くと、広い青天井の車庫の一角にある屋根付きの洗車専用スペースの洗濯機の横に、シンビジュームの鉢がひっそりと置かれていた。

 私の実家にも、かつて祖母から母に受け継がれたシンビジュームが何鉢かあったので、品種までは知らないがシンビジュームであることは判った。しかも見たところ、単価が¥五〇〇〇は下らないだろう立派な代物しろものである。何故、そんな物がこんな所にあるのだろう?

 従業員の九五%が男性───しかも、男性の平均年齢が六十歳以上、多くのおいちゃんが比較的体育会系と推定される、男子校のような男性職場に就職して十年以上───おいちゃん達の生態を否応なく知ることとなった私は、『誰が』は判らずとも、『何故か』については推測出来るようになっていた。

 つまり、贈り物か何かで自宅に来た立派な鉢ではあるが、「シンビジュームって何? らんとは何か違うと?」という同僚がいたのだろう。見るからに高額な植物を枯らすのは忍びないが、種類も判らなければ、手入れの仕方も判らない。けれども、会社に植物好きの人が居るから、会社に置いておけばついでに面倒をみてくれるだろう───と考えたことは、想像にかたくない。


 だが、しかしっ!

 その考えは、蜂蜜より栗の甘露煮より甘いっ! 甘過ぎるっ!!


 そもそもシンビジュームは蘭科の植物で、ほとんどが亜熱帯から熱帯雨林に生息する植物なのだ。つまり、日本の庭に植えても育つバラや寄せ植えの植物とは、鉢の中に使う素材も世話の仕方も全く違うのである。

 私が、バラと寄せ植えだけに栽培を絞っているのは、共用出来る肥料や薬剤や土が多いからだ。そこに植生の違う植物を持って来られると、世話の仕方も違うし、使う資材も全く違う物になってくる。つまりは、別枠で経費がかかるということだっ!

 それを私に負担しろと? しかも頼みもせずに?

 もしも、「自分では面倒を看きれないから、お願いします」とでも言ってくれれば、「仕方ないなぁ」で世話をして、経費は持ち込んだ当人に請求しただろう。何なら、世話の仕方もレクチャーしたと思う。


 それなのに、黙って置いていくとは何事かっっっ?!

 

 シンビジュームには気の毒だったが、当然私は彼女のことを見て見ぬふりをした。通常からあまりリッチな生活をしていない私にしてみれば、頼まれてもいない子の面倒まで看る余裕はないのである。最愛の愛猫娘とバラちゃん達でいっぱいいっぱい。そもそも、毎日が家と会社の往復生活で、旧友と会うなどの目的でもなければ遊びに出る方でもなく、自分の身形みなりにお金を掛けるたちでもない。だから、辛うじて愛猫娘とバラちゃんに経費を掛けられるのだ。

 そんなこんなでミズ・シンビジュームは、数ヶ月に渡って洗車場の洗濯機の横に住んでおられた。現在は居ないところをみると、誰かが持って帰ったのだろう。枯れていく様は見ていないのだから。


 それでもおまけ現象は、まだまだ続く。

 当時の上司No.3が、例年背丈が高い雑草が生えまくる一角を除草し、ひまわりの種をばらいた。時折水をいているだけのようにみえていたが、それなりに背丈が伸び、小さなひまわり畑が出来たことには驚いたものである。植物は(おそらく人間や動物も)、あまり過保護にし過ぎない方がいいという典型的な例だろう。

 その後、上司No.3が転勤して、またしても雑草が生い茂った時に私が除草作業をしたのだが、やってみて驚いた。その場所には数センチに満たない土しかなく、土の下はコンクリートだったのである。毎年の雑草しかり、くだんのひまわりしかり───いったいどこにどうやって根を張っていたのだろう? 栄養は光合成のみで、自給自足だったのだろうか?

 全く、植物の生命力には恐れ入るばかりだ。


 数年った現在、鉢植えを持ち込む人は居なくなったが、『会社に花を飾る』という風習は微妙に残ったようだ。誰かが花を手に入れたか貰ったかをした時、突然事務所内に花が飾られていることがある。

 人口比率からいって、持ち込むのは男性陣だと推定されるが、誰かは判らないことがほとんどだ。そして、持ち込んだのが少し気の利く人であれば、花は事務所で唯一の花瓶に活けてある。そうではない人の場合は、空き瓶や二リットルのペットボトルの上部を切断した容器が使われている。まあ、花を飾ろうという気持ちはプラス採点なのだが、いかんせん、何日経っても最初の時のままという点はマイナス採点だ。

 水がにごり、花が草臥くたびれて来てもそのまんま───つい先日、同じようなさまになった紫陽花あじさいが置かれていた折、久しぶりに同席していた頭が上がらなくて・仲の良い先輩(男性)の一人に、「せっかく綺麗なんだから、何とかならんか?」と問われたので、「先輩がそうおっしゃるなら、多少はなんとかいたしましょう」と再生作業をした。

 ───とはいっても、切り花にしてあげられることには限りがある。取り敢えず濁った水を替え、花や葉の痛んだ部分を取り除き、再度の水切りを行う。切り花の紫陽花は水上げが悪いので、ある程度の処置が必要なのだ。水に触れる枝の断面に格子状の切り込みを入れ、水に触れる表面積を広くする。加えてその断面を火で強めにあぶるのだ。

 仕上げに、交換した綺麗な水に手近にあった砂糖を少々。さすがに活性剤のたぐいは持ち込んでいないので、代用品の栄養素だ。

 中間処置をしたせいで、紫陽花は結構長持ちした。先輩も喜んでくれたので、私的には充分OK。

 けれどもその後、やはり水が濁り・花が半ば腐りかけても、持ち込み主は放置プレイ───結局、最終的には私が処分した。


 花を飾る風習は好ましいが、放置プレイはいただけない。植物も生きているのだから。

 私に言えることはただ一つ───自分で連れて来た子は、自分で面倒をみてください───である。



【シンビジューム】

蘭科 シュンラン属 アジアからオセアニアの広い地域に生息

品種が多いので、水遣りや肥料はその都度確認

鉢植えの場合、基本的に土的材料は使わない(蘭の多くは寄生植物だから)

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