地雷夢想
紗倉サク
第1話ウキウキ現実・目覚めて地獄
◇
その日、私は仕事を終えるなり稀に見る速さで退勤をして、帰路を急いでいた。
理由は、本日発売予定のファンタジー学園モノなRPGゲームをプレイしたいが為!である。
その名も「青春ハイティーン」。
私が愛して止まない「青春サーティーン」という大西洋にぷかりと浮かぶ某国をモチーフにした架空の国、エグバート王国にある全寮制学校、レイクランド魔術学校を舞台に恋や友情を育みながら十三人の同級生たちと学園生活を送っていく、恋愛及び友情シミュレーション&育成RPGゲームの続編だ。
なお主人公は金髪碧眼の女の子で、異性はもちろん同性でも(そのキャラが素養持ちなら)恋愛的にオトす事可能だし、周りをくっつける事も可能!男女ノーマルカップルからBL、百合まで(あくまで同性愛素養持ちキャラ限定にはなるけど)公式設定な素敵ゲーム!で、情報追ってる限りは主人公続投、魅力的なクラスメイトたちも引き続き続投、プラスで新攻略キャラありとワクワク限界突破な状態が今である。
まあ私の最推しは攻略フラグ立たないキャラなんですけどね?……今作では攻略対象になってくれてると、いいなぁ……。
あと、それはそれとしてゲームプレイ中に琴線に触れてしまった同ゲームのキャラ同士でBL二次創作を少々やってしまっている程度には……おっと、公式の二次創作ルール遵守でやっていますよ?念の為──どハマりしまくっている。あ、メインは推しの妄想補完とかですよ?再び念の為。
とまれ前作でありシリーズ処女作である「青春サーティーン」から待ちに待ちまくる事、早八年。正直あんまりヒットした作品でもなかったから続編は無理かなーと諦めた時期もありました……が、一年前にメーカー公式がまさかの続編発表。その日以来、毎日毎日この日を楽しみに生きてきた。
そして昨夜、家に帰ると宅配ボックスの中に公式ショップからの荷物が届いていて──もちろん配達表には本日配送の旨がきちんと明記してあった。仕分けや配達の中の人が気を効かせてくれたのか、単に雑集配なのかは謎──思わぬフライングゲットに小躍りしつつも、フラゲ入手がすっかり厳しくなっている昨今の状況と、今この瞬間もドキワクでソフト待ちしてる方々を思い、パッケージを崇めるだけで我慢の一夜を過ごしてからの勤務明け!
むろん明日は有給取得済み。いやほんとは今日から取りたかったんですけどね。少人数で回してる専門店の販売員なんてやってると、他の人との兼ね合いで無理な場合もありましてね。
しかし今や労働の鎖から解き放たれ、翌日有給からの翌々日公休という予定を持つ私は、無敵だ。
そんな訳でうっきうき気分で職場から最寄り駅へと向かいつつ、いつもの電車に乗る前に駅ナカの輸入食材店で、ゲーム世界のモチーフになってる国のお菓子とか、そのお隣に入ってる紅茶専門店でちょっといい茶葉買っちゃおっかなーなどと考える。
今は信号にひっかかる事すら、これから二日ちょい如何にゲームに入り浸れるかの考え事タイムに専念出来る時間になって、ちょっと楽しい。
急いで家に帰りたいのも本心だけど、どうせ電車通勤の身。発車時間はいつも通りで、ここは地方都市の一角。都会のように数分刻みの発着はなくて、一番発着が多くても十五分刻み程度。超速で店の閉店作業を終えた最大の理由は、巣ごもり用の買い物目当て。家の最寄り駅についてからは速攻帰宅したいから、こちら側で買い物を済ますのが一番の時間の有効活用だ。あとこっちは主要駅で八時くらいまで食品系の店開いてるけど、我が家の最寄り駅は何も無い無人駅だし。
と、信号が青に変わる。
片側二車線の道路に掛けられた横断歩道を渡るのは、この時間帯大抵自分一人だ。目の前の車道、中央分離帯の短いブロックを挟んだ向こうの車線には直進、右折双方に数台車が並んでいる。
私はいつも通りに、明るく光る街灯の下から横断歩道に向かって──ウキウキ感を隠せない──軽快な足取りで歩き出し……
ウィンカーを出していた先頭の右折車が、急に動き出す。
えっ、と思った瞬間にはハイビームのヘッドライトがこっちに突っ込んで来ていて──
「Uターン禁止区画で青信号歩行者横断中に急発進で突っ込んでくるとか、これもう殺意しかないよね?!」
がばっと掛け布団ごと勢い良く上体を起こしながら叫んだその先には、きょとんとした顔の、この八年間画面越しに見まくりまくっていた前作「青春サーティーン」及び続編「青春ハイティーン」主人公──ゆるふわの金髪を首元まで伸ばしたボブカットに、穏やかな目付きだけど凛とした意志を感じさせるサファイアの瞳を持つ十三・四歳程の美少女──アリシア・リデルが、キャラクターデザイン担当の神絵を超滑らかかつ自然な立体モデル……もといホントに生きてる体にしたような姿で、在った。
彼女はパチパチ瞬きをしながら、困惑した顔でこちらを見ている。……わー、めちゃくちゃ可愛いし、すっごいなこれ!神絵がまんまのクオリティで、なおかつリアルな存在感で動いちゃってますよこれ!どんな技術ですかこれ!
って、そうだわー、私青信号横断中にクソ運転手に轢かれたんじゃーん!つまりこれは夢。私の脳が見せるGENSOU☆
稀に見るもんなー、こういう夢。起きたあとで超美麗脳内アニメーションじゃった……ってちょっと幸せになる時の、あの夢に近い感じ。さすがにここまで生きてる感満載なリアルな存在感があるタイプは見たこと無かったけど……。
あと今までは夢だったって気付くのはいつだって起きてからで、二次創作の足しにしたろって思った瞬間からボロボロ内容忘れてたけど、今回はまさかの最初から自分が夢だって気づいちゃってるパターンかー。初めてのパターンだなこれ。つーかこれっていわゆる明晰夢とかいうやつなのかな?よぉ知らんけど。
とまれ、現実の私は多分今頃病院のベッドの上だわー。そうそう確か轢かれた轢かれた。向こうの過失十二割くらいの勢いで、思いっきり轢かれましたよ私。てことはその時の衝撃で中央分離帯のブロックあたりに頭打ち付けて、打ちどころ悪くてリアルは昏睡中とか、そーゆー感じ???
なんにせよ強制的に夢終わらせて、痛かったり苦しかったりは嫌だなー。となればこれはこのまま勝手に目覚めるのを待つのが吉……かなぁ。いやでも相手がもし無保険な奴だったりしたら、こっちだっておちおち寝ている場合じゃない気もする。下手したら自賠責保険だって未加入な無敵の加害者様だっていると聞くし。
あと自分の方の保険。会社に提出している通勤経路上の事だから労災保険は確実に降りるだろうけど、自分が加入してる民間の任意保険の交通事故保証ってどのくらいまで降りるんだっけか……。
なんて考えていたら、見た目にしては落ち着いた感じの──しかしやはり担当声優さんの神ボイスで──声をかけられる。
「……あの」
この声優さんのお声は別作品のアニメで先に知ってて、その時は溌剌系元気っ子ボイスだったのだけど、その時すでに聞き惚れちゃったというか役柄こみで聞くと元気になるお声で、すぐ大好きになっちゃったんだよなぁ。
一方のアリシアは少し大人しめの優等生タイプな性格だから、基本は抑え目というか落ち着いた印象で演技されてて……でもやっぱ好きだわー。この声大好きだわー。
「……あの、ルキアさん? だい、じょうぶ?」
「えっ」
「さっきから様子が……待ってて、今グレイストン夫人を」
「えっ?!」
ええーっと?
もしかしなくても話しかけられてるのってコレ、私ですよね?
だってアシリアさん今めっちゃこっち見てるっていうか、無茶苦茶困惑した顔で目を合わせてこられてますよー?
それはそれとしてルキアって……グレイストン夫人ってまさか……
「私、ルキア・グレイストンなの?」
「えっ」
「……私は、ルキア・グレイストンなの?」
「そ、そう、だけど」
恐る恐る震わせた声帯から聞こえた自分の声は、聞き慣れた自分の声とは全然違った。けれどルキア役の神声優さんのボイスとも微妙に違う気がする……いや、自分の地声と比べたら似てるなーとは思うし、自分が認識している声と他人に聞こえる声は違うって言うのは、若気の至りでアフレコ録音なんかもしたことあるから身に染みて知ってるんだけども。
アリシアは、やはり困惑したままコクコク頷く。あー、動いて喋るアリシアめちゃくちゃ可愛いんじゃ~……じゃなくて!
「嘘だろ成り代わり系とか地雷中の地雷シチュじゃん……」
思わずポロリと呟いた。
だがしかし、本音中の本音なので許して貰いたい。
私はあくまで天井やら壁やらその場の空気やらという、世界に干渉しない神視点でキャラ達や世界観を愛でたい系妄想オタク──だ。
自分アバターのオリキャラ投入して既存キャラと恋愛しちゃう夢属性も、チート発揮して持ち上げられて総愛されキャラな私困っちゃったするメアリー・スー属性も地雷み高くて、万一踏んでもそっ閉じ私はなにも見なかったとスルーしているけれど、既存キャラの皮だけ被せて中身オリキャラにする成り代わり設定がそこに入っている場合はその場でのたうち回るくらい特大の地雷だ。なんならタグ見ただけでも眉を顰めるくらいである。
もちろん誰にも言ったりは……あ、いや、超信頼出来てリアル交流の付き合いも長い友人へのオフレコ以外には、言わないけど。自分の萌えは誰かの萎えであり、自分の萎えもまた誰かの萌えであるからね。だからそっとタグをミュートし関わらないように過ごしつつ、万一すり抜けで目に入っても自分ジャンルであれば貴様がガワにしてるそのキャラこんな素晴らしいやつですけども?!という荒ぶりを自身の二次創作にぶつけるくらいでね。うん。
いや、そんな話は今はどうでもいい。
問題は、私が作中屈指の推しキャラであるルキア・グレイストンに成り代わってるという意味の分からない状況であってだね?
え、なにこの悪夢。キャラデザ神のイラストそのまんまテイストで超ナチュラルかつリアルに動くモデリングに神ボイスもそのままやっほー!ここが天国か!!って思った瞬間の特大地雷シチュ発覚とか、なにこれ死にたい。
「あの、えっと……」
「あ、ごめんなさいアリシア。あなたからしたらずっと意味がわからないよね。ただ、私自身もなんと説明すればいいか……」
言いながら俯いた拍子に、肩口から艶々美しい漆黒の髪のひと房が、さらりと絹糸のように胸元にこぼれ落ちる。
私の髪はここまで長くなく、ギリギリ一纏めに出来るくらいのセミロングな上に癖っ毛だ。一応毎朝ヘアアイロンで伸ばしてますけどね。
でもって、背中が半分ほど隠れる癖のない黒髪はルキアの特徴の一つだ。
──やっぱりルキアかぁー……ルキアなのか……。
ていうか、これまずどうしたらいいんだろうか。
アリシアがルキアの実家にいるっぽい今の状況からして、前作のトゥルーエンド後だよなぁ。時系列的に。じゃなきゃグレイストン夫人……ルキアのお母様呼んできますとか言われないだろうし。あとよく見たらアリシアの格好が淡いピンク色を基調にした愛らしくも清楚な半袖ワンピース姿、つまりは夏の私服姿なので、ほぼ確定的と見ていいだろう。
作中はほぼずっと魔術学校の寮生活、夏の長期休暇やクリスマス休暇は実家に帰っての休暇イベもあるにはあったが、絆値上げたい友人の家に遊びにいったり招いたり彼らと遊びにいったり出来るのは、攻略キャラ対象となっているルキア以外の十二人のクラスメイトだけ。
そう。作中最後の最後でどんでん返し設定があるため、主人公アリシアの天敵兼ライバルキャラのルキアだけは、非攻略対象なのだ。でもって本当にラスボス手前までいかないと、むしろこいつがラスボスなのでは的なフラグしか見られないため、八年前の発売当初は割とプレイヤーからのヘイト掻き集めたキャラだったりする。のちに人気一位の愛されキャラになりましたけどね!
なおバッドエンドは魔術学校ごと壊滅で全員死亡エンド、ノーマルエンドではルキアのみ尊い犠牲となり、トゥルーエンドでようやく、瀕死に陥ったルキアが生き残りつつ主人公アリシアとの和解を示唆する「ルキアの私室らしい場所で、ベッドに横になるルキアとアリシアが笑顔で語らう」ムービーがエンドロール後に追加される仕様となっている。
正に、今の状態そのままに。
それまではアリシア側がプレイヤーとしてルキアに話しかけたりすら出来ないっていうね。……あ、いや大事なイベント前には必ず向こうから二人きりになる状況下でのみ、すっげー辛辣かつ冷淡な態度で絡んできてくれるんですけどね。
一周目が例えバッドエンドでも、ルキアのアリシアに対する言動の意味はその前にネタバレされるので、二周目以降は妄想力逞しい私みたいなプレイヤーにとってルキアの絡みはご褒美にしかならなかったよね。
閑話休題。
はー、推しの事はついつい語っちゃって困るわー。
……現実逃避ですよ? 自覚してます残念ながら。
しかし、そうそう逃げてる訳にはいかない訳で。
「……一先ず、グレイストン夫妻を交えて四人で話し合いをしましょう。今の状況は多分、コチラの世界観に照らし合わせるなら、割と由々しき事態だと思うから」
割と今更ではあるが、一応真面目に状況を整理しアリシアに伝わる最低限の言葉で異常事態を提示した私に、彼女はくりくりした大きな目を大きく見開きハッと息を飲んだ後、すぐに表情を引き締めてコクリと頷いた。
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