第27話 噂 後編

 翌日、田辺は鍋島と一緒に渡辺から話を聞くことにした、あることを確かめるために。

 仕事を終えた渡辺を鍋島が誘って、隣県のファーストフード店へ連れてきた。田辺は別でホテルを抜け出して待ち合わせ場所に来ていた。


「副支配人、どうして」


 渡辺は田辺をみて驚いていた。


「聞きたいことがある」


 田辺と鍋島を目の前にして観念したのか渡辺は頷いた。渡辺の横に鍋島が座り、その向かい側に田辺が座った。


「別館の不正をしたのは渡辺か」


 田辺は柏木が調べていた物と例の扉から見つけた別館の宿泊記録から、渡辺が不正をしていたことを突き止めていた。すると渡辺は唇を震わせて話し始めた。


「私がした不正で柏木さんは辞めることになったのです」

「不正は十何件もあるが、それすべてを渡辺がしたものか」


 田辺は柏木の部屋でみつけた資料をもとにフロント担当の勤怠を調べなおしていた。それによると、不正がされたという日の何日かは渡辺が休んでいたことが分かった。

 柏木が調べていた顧客は不正の被害にあったとされる顧客だが、チェックイン時、数人は響子が休みの時なのが分かった。それで、調べていくと渡辺智子と山本弥生が関わっていることが分かった。


「弥生さんが私の担当顧客に不正をしていたことが分かって、私も真似をしたのです。しかし、それを早苗さんに見つかって脅されていました」

「どうして不正をしようと考えたのだ」

「弥生さんがくる前は私が宇佐美さんの下で働いていて、いろんなことを任されていました。それが、弥生さんがきてから私は担当を外されていったのです」

「私はその話を聞いていないが、宇佐美が決めたことか」


 田辺はそんな話が出ていたことすら知らなかった。もしかして、響子と柏木の二人だけの話だったのかもしれない。


「宇佐美さんは周囲に言われて仕方なくといった感じです」


 田辺は初めて聞く内容だと思った。

 確かに経験は弥生の方が多いようだったが、どちらが上とは決まってなかったはずだ。


「宇佐美はなんと」

「少し疲れているのではないかと言って、担当を弥生さんにすると」

「柏木さんからはどちらが上とか聞いていなかった。バランスを考えてということではないのか」

「弥生さんは私の担当の仕事に手を加えて違う情報を入れて、私が間違えたことにしていました。そして、私の代わりに自分が担当になると言い出して、私は担当を外されました」

「それで不正をしたのか。それだと弥生の顧客で不正をした方が良かったのではないのか」


 不正に良い、悪いはないがそこがどうして自分の顧客だったのか不思議だった。


「弥生さんが私の顧客で不正をしていたのを知っていたので、そのまま弥生さんのせいにしようと思いました」


 弥生と渡辺はお互いに不正をしながら逃げ道を作っていたということか。

 柏木が調べた不正の証拠では弥生の方が明らかに金額は大きかった。その手際から、このホテルにきてから不正を始めた事ではないと思った。


「早苗には何と言って脅されていたのだ」

「早苗さんからは誰かに言ったら、この街に住めなくすると言われて早苗さんの言うことを訊くしかなかった」

「早苗は渡辺だけを脅していたのか」

「脅されている時はいつも、早苗さんと私だけの時でした。他の人はいません」

「早苗は誰か他の人も脅していなかったか」

「分かりません」

「最初は不正をして得たお金を渡していましたが、ある日、不正を別の人がやったことに出来るから協力するようにと言われました」

「それはいつ?」

「確か、三カ月くらい前だったと思います」

「協力とはどんなことだ」

「夜勤の時に柏木さんの行動を監視するようにと」

「それが、あの体調が悪くて医務室に行こうとした日か」

「そうです。柏木さんが遅くまで残っていると言うことで、何をしているか見張るようにと」

「柏木さんが別館に行ったことは知っているか」

「はい。どんな用だったのか分かりませんが、それを早苗さんに伝えました」

「その事を早苗以外に話したか」

「話していません。しかし、翌日の朝、早苗さんと弥生さんが言い争いをしているのを見かけました」

「柏木さんが別館に行った翌日だな」

「弥生さんは引継ぎの時間より一時間ほど早くホテルに来ていました。そこに早苗さんがいました」

「山本弥生さんに何か変わった様子はありませんでしたか」


 先ほどから渡辺の隣でメモを取っていた鍋島が聞いた。


「すごく動揺しているようで、私と倉田さんが引継ぎの為、説明している間もどこか落ち着きがなかったと思います」

「倉田はずっと、別館にいたのだよな」

「はい。私が柏木さんを見張るための嘘を信じて、体調の心配をしてくれました。あっ。そういえば、体調が悪いと嘘を言って医務室に行く途中、倉田さんに会いました」


 倉田はその時、渡辺が柏木を監視しているのに気がついたのだろう。


「ずっと柏木さんの行動を監視していたのか」

「いえ、早苗さんに連絡をする為に別館の使っていない部屋を利用して電話をかけていました。その間は柏木さんを見ていません」


 柏木はその間に副支配人室に入って、別館の宿泊記録を隠したのだろ。そして、データは弥生か早苗が消したと思われる。


「早苗が、不正を別の人がしたことに出来ると言っていたのだよな」

「そうです」

「誰のせいに出来ると言っていなかったか」

「それは聞いていません。ですが、柏木さんが不正をして辞められたと」


 早苗は初めから柏木の不正にするつもりだったのだろうか。


「協力は柏木を見張ることだけか」

「宿泊データを消すように言われました」

「誰から」

「それが、柏木さんが辞められる数日前に私の仕事用のファイルにメモがあって、データをすぐに消すようにと書いてありました」

「そのメモは今どこに」


 早苗から直接言われたわけではないとすると、別の誰かがそう仕向けた可能性がある。

 渡辺は鞄から手帳をだし、メモを見せた。

 そのメモを田辺と鍋島は覗き込む。


「誰の字でしょうか」


 鍋島が口にする。


「それは……弥生さんの字です」

「どうして弥生がそんなメモをよこすのだ」

「分かりません。ただ、私の仕事用のファイルと弥生さんの仕事用のファイルが傍にあったので間違えたのだと思います」

「データを消したのは渡辺か」

「私が消しました」


 渡辺は素直に認めた。


「どのデータを消すのか決まっていたのか」

「はい。このメモと一緒に別のメモがありました。そこに指示されていました」

「データを消して、どうするつもりだったのか知っているか」

「それは聞いていません。ただ、消したデータの代わりに別の顧客が宿泊したことになっていました」

「もう一つのメモにはどんな指示が書いてあったのだ」

「ある宿泊記録に印が付けてあるのでそのデータを消すようにと」

「そのメモと宿泊記録は何処にある」

「メモはいつの間にか無くなっていました。印のついている宿泊記録も無くなっていました」


 偽装の証拠を残さないためだろうが、宿泊記録の方は渡辺ではない。


「もう一つ、宇佐美が別館を外される原因になったクレームだが、何か心当たりはないか」

「あれは、弥生さんがやったことです。宇佐美さんを追い出して、弥生さんが別館の責任者になるつもりだったようです」

「宇佐美の後任は早苗になったが、それは何があったのか知っているか」

「最初から早苗さんが宇佐美さんの後任に決まっていたようです。早苗さんが自分で言っていましたから」

「自分で言っていた?」

「はい。もうすぐ宇佐美さんは別館を外されるから、その時は自分が宇佐美さんの代わりに責任者になると」

「それはいつのことだ」

「宇佐美さんが別館を外されることになる三日、四日前くらいです。松川様がクレームを言ってきた時は忘れていましたが、そのうち、宇佐美さんが解雇されるかもしれないと話の流れで、それと、早苗さんが見に来ていたので、早苗さんが言っていたことを思い出しました」

「自分がしたことは分かっているよな」


 目に涙を浮かべて泣き出すのを必死に堪えている様子に田辺はこれ以上聞き出すのは止めた。


「今日は帰ったほうがいいですね」


 鍋島もこれ以上無理をさせてはいけないと思ったようだ。田辺は渡辺に暫く休むように告げると素直に聞きいれた。

 渡辺は鍋島が送っていくことになり、田辺は二人を見送ってから急いでホテルに戻り、別館へ向かう。別館には弥生がいた。田辺はそれを確認してから、フロントへ行く。


「宿泊記録を借りたいがいいかな」


 弥生は一瞬、顔を強張らせたがすぐに表情を変えた。


「いつの物ですか」

「過去一年分」

「一年、ですか」

「そう、一年分。今すぐ用意してください」

「何に使われるのですか」


 弥生は田辺の真意を確かめようとしているようだ。


「イベントのおかげで本館は賑わっていますから、別館も何か出来ないかと思って。何か問題でも」


 有無を言わせぬようにいい、弥生から受け取った宿泊記録を副支配人室へ運びこむ。その夜、田辺はある書類を作成した。

 渡辺の言っていることが本当なら、不正は弥生が来てから始まっている。弥生は一年前に転職してきた。それなら不正が一年前からになっていたのも納得できる。早苗、弥生、渡辺の三人が繋がったが、河田とのつながりがまだ分からないのと倉田のこともはっきりしない。

 渡辺が別館の裏手の倉庫に来ていた後に、弥生と河田も来ていた。

 今西が仕掛けていたカメラにそれがしっかり映っていたのだ。これで二人が関わっていたのは確かだろう。

 翌日、弥生が帰った後に別館に宿泊記録を戻し、副料理長へ借りていたファイルも戻した。そして、鍋島に連絡を入れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る