第4話 アトラクションダンジョン

「はいここ、右から二番目のタイル。踏むと天井から溶けた飴が降ってきてべとべとになります」


 ミカドの一言に、マルスとエマが慌てて通路左端へ寄った。


 ミカド、エマ、マルスの三人は別の迷宮ダンジョンへ宝物回収業務に訪れていた。このダンジョンはトラップやギミックがふんだんに仕掛けられている、通称「アトラクション型ダンジョン」と呼ばれるもので、宝物の設置数こそ少ないが個々の価値が高いという特徴がある。

 幸い、申告通りのマップであるため、ミカドの指示通りに業務遂行中だ。


迷宮生物モンスター、ほとんど出遭いませんね」

「トラップが多い代わりに遭遇エンカウント率下げて、難易度調整してんだよ。面倒だけどまだまだ低難易度ダンジョンです。エマちゃん、足疲れてないかい?」

「はい。指示通り、運動靴も準備して来たので」


 エマはパンプスではなく、歩きやすいスニーカーに履き替えている。一つ目の迷宮でエマはひとつ学んだことがあった。「ダンジョンで慣れない靴は厳禁」。


「ハイヒールで走り回る猛者もいるけどね。あとでエマちゃんにも紹介するよ。さ、ここは床から一メートル以上頭を上げてると、胴体ごと壁に潰されるよ」


 三人は四つん這いになって地面を進んだ。五メートルも進んだろうか、ミカドが「もう大丈夫」と立ち上がった。続いてマルスも体を起こし、


「──エマ! 危ないッ」


 彼女はギリギリ、トラップゾーンで立ち上がってしまった。

 周囲の壁が振動を始める。ミカドが片手の人差し指と中指で印を結び、慌てて飛び出す。


「まずい──」

「〈護り給え〉!」


 あわやというところで、両手を組んでエマが唱えた。

 刹那、彼女の周りを淡い金色の光が覆い、迫っていた壁をギシリと押し留めた。その場にへたり込んだエマを、ミカドとマルスが引っ張り寄せ、


「はあああビックリしたァ、間に合わねえかと思った! ごめんエマ、俺がちゃんと見てりゃ……!」

「僕もごめんッ! 次は君を先に行かせるから! 本当申し訳ない!」


 抱き着かんばかりの勢いで謝り倒した。実際に抱き着くとセクハラ行為になりかねないので、一応二人はわきまえている。


「今の防御魔法、凄いじゃないか。咄嗟にあれだけの防壁を張れるなんて」

「いやまったくだ。回復だけじゃなく防御もできるとは、こりゃあとんでもねえ新人だ、エマちゃんは」

「えへへ……実は防御魔法は結構自信あります。実戦で使ったのは初めてですけど。あ、でも私、攻撃の方はてんでダメで」


 照れくさそうに頬を掻くエマに、「だろうなあ」と納得した男二人である。

 三人は宝物を回収すべく、また次のトラップへ挑むのだった。











 紆余曲折を経て、ようやく目的の宝箱へ辿り着いた。

 いかんせん罠の数が多すぎる。すべて語るには多すぎるほどに。


「ではお待ちかね。お宝回収ターイム! ……なんだけど」


 ミカド係長、悪い笑み。イレギュラーや不正発見を心底楽しんでいるのだ。

 その原因となる宝箱は、半透明のゲル状のもので覆われている。


「ジャジャン! 新人エマちゃんに問題。コレ、なーんだ」

「スライム?」

「ピンポン正解! エマちゃんに一ポイント贈呈」


 いつの間にかポイント制が始まっている。エマが小さく笑った。


「管理に問題はない。たぶんスライム君が勝手に宝箱を気に入っちまったんだろう。エマちゃんは防御と回復が専門らしいから、マルスに片付けて貰おうか。分かってると思うが、中身は燃やすなよ」


 頷いたマルスが前へ進み出る。

 手をかざして詠唱。徐々にスライムの周囲の温度が上がり、発火した。ゲル状の体が苦しそうに蠢く。

 やがてすべて蒸発し、無傷の宝箱だけが残された。ミカドが蓋を開け中身を確認し、満面の笑みでマルスを振り返った。


「上出来! いいじゃん、完璧だよ。君ホント燃やすの上手だよねえ」

「不良みたいな言い方やめてください」


 などと言いつつ、マルスの頬の辺りには隠しきれていない嬉しさが浮かんでいる。

 宝物を空間魔法の収納へ収め、ミカドはパンと一つ手を打った。


「さあ、最後の回収箇所へ向かう。気ィ引き締めてくぞ」











 ──そして、またまた数多くの罠をやり過ごしたのち。

 三人は床にぽっかり空いた巨大な穴を前に立ち尽くしていた。


「底が見えませんね」


 穴底からは微かに風が吹いている。低く空気が唸る音が、マルスとエマの足を竦ませる。

 しかしミカド係長は違った。腰に手を当て、部下二人を振り返り……にまあっと、人相のよろしくない口の緩め方をした。


「ミカド係長。まさか、この穴に飛び込めって言うんじゃ……」

「エマちゃん正解。五ポイント贈呈します」


 口にしなければよかったと、エマは心底思った。


「どうする? 君ら先に行く? それとも俺、行こうか?」

「ミカドさんの下敷きになりたくないので、先行ってください」

「わあー、辛辣だねえマルス君。オッケー、んじゃ──お先ィ!」


 ミカド、何のためらいもなく、助走をつけて盛大にダイブ。スーツ姿が穴の底へ吸い込まれていく。穴から楽しそうな高笑いが聞こえてくるが、一体全体何が楽しいのか。


「あー……じゃ、次僕行くね」


 上司の下敷きは嫌と言った手前、後輩を下敷きにするわけにはいかないマルス。

 おっかなビックリ穴に近寄る。生唾を飲んだ。何も見えない。


(ええいままよ!)


 もうどうにでもなれ、あとは野となれ山となれ、マルスは思い切って飛び込んだ。暗闇が自分を飲み込む感覚に、目を閉じたい願望を必死に堪え、キッと闇を眼鏡越しに見つめる。

 重力に引っ張られる感覚。落下で生まれた風が全身をなぶる。と、背中と尻に何かぶつかり──突如、落下運動から滑落運動に変わった。


「あああぁぁああぁぁぁあああ!?」

「すげえ! 何これ楽しい! ロングスライダーだ!」


 ミカドの高笑いが反響して聞こえてきた。しかしそんな歓声も、恐慌極めるマルスの脳みそには全く響かない。情けない声を上げながら滑り台を落ち続け、不意にぽんと開けた空間に投げ出された。


「ぐぇっ」


 ドスンと尻で着地すると、クッションから変な音が上がった。ズレた眼鏡を整えて周囲を見回す。


「ハア、ハア……終わったのか……?」

「ちょっ……マルスや、降りとくれ、腹潰れるッ」

「あっミカドさん! すみません」


 ミカドが下敷きになっていた。慌てて退こうとしていると、高い悲鳴を上げながら壁の丸穴からエマが飛び出してきて、ぽーんと宙に投げ出された。


「きゃあっ」

「あいたッ」

「ギャッ」


 せっかく立ち上がったマルス、エマに激突され二度も上司をクッションにする羽目になった。


「いたたた……大丈夫?」

「ひゃあ!? 先輩ごめんなさい! 潰しちゃった!」

「ねえ君たち、早く、早く降りて。上司の上でいちゃついてんじゃないよ。君らのクッションになるために体鍛えてんじゃねえんだ」


 その部屋は入り口がなかった。四方を石レンガの壁に囲まれ、松明が灯りになっている。その壁際に、光を浴びて殊更な重厚感を醸している箱が、ズラリと並んでいた。


「こちらに見えますのは、穴に飛び込んだ勇気あるものに対するご褒美です。つまりラッキー部屋。さ、片っ端から開けていこう、トラップはないはずだから」


 財宝やアイテムはすべて回収され、空間魔法によって収納された。これで最後の回収、あとは機能停止シャットダウンしに管理室へ向かうだけだが……。

 マルス、顔色が悪い。


「ミカドさん。出口ってまさか、今落ちてきた穴って言うんじゃ……」

「いや、さすがにそんな鬼畜じゃねえよ。宝箱全部開けたからそろそろ──ほら」


 ズズズ……と部屋の一面が振動し、一部が下へずり動いて出口が現れた。

 宝箱の開封が鍵になっている仕組みだ。


「このギミック、ミカド係長はご存知でしたね」

「それがどうしたィ」

「……ここをこじ開けて入るって手もあったでしょ」


 赤毛の前髪の隙間から、翠色の目がゆらりと揺れた。怒っている。ミカドの顔に焦りの汗が浮かぶ。


「や、そりゃとんでもねえ荒業ってもんだろ。そういうの使うと後々苦しくなるだろ? 落ち着きなよマルス君……だって結構楽しかったでしょ」


 ──マルスキック発動まで、残り三秒……。

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