第二十一話 波乱


 大会七日目。


 いよいよタッグ戦決勝だ。


 「ステラ、準備はいい?」


 「うん、絶対勝とうねお兄ちゃん!!」


 「ああ、勝とう!」


 ルートヴィヒと鼓舞し合い、控室を出て舞台へと向かう。


 『いよいよタッグ戦決勝戦が始まります。先に舞台へと出てきたのはヤーバル王国魔法学院チェルシー·モルフェイド選手&マリア·バシル選手〜!! 対するはヨルバウム帝国シュライゼム魔法学院ルートヴィヒ選手&ステラ選手〜!! チェルシー選手&マリア選手はチェルシー選手の隔絶した魔法でここまで勝ち上がりました。一方のルートヴィヒ選手&ステラ選手は苦戦しながらも連携して乗り越えてきました。この決勝戦フェイさんはどう見ますか?』


 『そうですね、確かにチェルシー選手の魔法は素晴らしい。ですが、個人戦でルートヴィヒ選手はチェルシー選手を倒しています。更にルートヴィヒ選手とステラ選手の連携は阿吽の呼吸と言っていい程素晴らしい。チェルシー選手とマリア選手はこのままだと厳しいでしょう』


 フェイさんの手厳しい解説が闘技場に流れる中、チェルシーは気にした様子もなく私達と握手をする。


 「···今日勝つのは僕」


 そう言うと所定の位置へと去っていく。マリア選手はそんなチェルシーを見て苦笑いした後追いかける。


 この様子だとチェルシーは連携するつもりはない。


 なら勝つのは私達だ。


 試合開始の合図が出て、チェルシーは速攻でアイギスを張り、ダークネススワンプを放つ。


 私はダークネススワンプが放たれると同時に、土魔法で地面を隆起させ、足場を作る。


 更に続けてルートヴィヒに聖属性と聖属性の上級複合魔法アークパニッシャーをエンチャントする。


 レヴァンティンをエンチャントした時よりかは能力は下がるけど、それでもアイギスをぶち破るぐらいの力はある。


 水属性中級魔法アイシクルランスで空中に足場を作り、チェルシー達までの道を作る。


 マリア選手が上級範囲魔法フレアレインで足場の破壊を試みるが、ルートヴィヒは光の如く足場を駆け抜け、チェルシー達の頭上で剣を構えている。


 勝負あったと思ったけど、突如後方から大きな爆発音が闘技場に響く。


 振り返ると、見覚えがあるような気がする男が観客席に向かって魔法を放とうと構えている。


 「今すぐ試合を中止しろ!! さもないと俺だけじゃなく、俺の仲間達も観客に被害を出すぞ!!」


 観客席全体を見渡すと、十五人程の男達が観客席に向かって魔法を放つ構えをとっていた。


 観客を人質に取られている以上試合は続けられない。私達は魔法を解除し、戦うのを止めた。


 次に男が要求したのは、観客席と舞台の間に張っている結界の解除だった。


 大会委員は難色を示したが、男が空に向かって火属性魔法を短縮詠唱で放つ。


 その威力は観客十人程を一度に殺せる威力があった。


 それを見た大会委員は結界を解除するしかなかった。


 結界が解除されると観客席から舞台へと飛び降り、私達に近づいて来る。


 「よぉ、ルートヴィヒ。俺の顔は覚えているか?」


 ルートヴィヒは心当たりがあるのか男を睨んでいる。


 「覚えているみてぇだな。そうだ、てめぇにやられた酔っ払いだよ!」


 思い出した。大会前日に食事処でウエイトレスに絡んでいた酔っ払い。


 でも様子がおかしい。目は充血し、肌は赤い。これはフィリップやバズ選手と同じ? 


 「まさか紫色の薬を飲んだの!?」


 男はニヤッと笑い、懐から紫色の液体が入った小瓶を取り出す。


 「これの事か? ああ飲んだぜ。 俺だけじゃなく仲間達もな」


 観客席で観客席に向かって魔法を放つ構えをとっている男達をよく見ると、全員目が充血し、肌は赤く変色している。


 「この薬はすげぇ。俺達に大きな力を与えてくれた」


 そう言いながら小瓶に入った紫色の液体を飲む男。


 すると目は充血を通り越して赤くなり、肌は赤黒く変色し、身体が一回り大きくなった。


 「はぁ〜、身体から力が漲るぜ。これならルートヴィヒ。てめぇなんかにゃ負けねぇ。だが保険だ。ルートヴィヒ、今からお前は俺の攻撃を黙って受け続けろ。反撃や躱したりするんじゃねぇぞ。もししたら俺の仲間が観客席に向かって魔法を放つ。わかったか?」


 ルートヴィヒは男を睨みながらも頷く。


 男は嬉しそうに顔を歪ませると、ルートヴィヒに近付き、顔を殴る。


 ルートヴィヒが反撃しないのがわかると男は何度もルートヴィヒの顔を殴る。


 ルートヴィヒの鼻は折れ曲がり、口の中を切ったのか口から血が溢れる。


 殴る事に満足したのか、次はルートヴィヒのお腹に蹴りを入れる。


 ルートヴィヒの身体はくの字に曲がり、その場で崩れ落ちる。


 崩れ落ちたルートヴィヒを鬼の様な形相で蹴り続ける男。


 「どうだ? 痛えか? 何で痛え目にあってるか教えてやるよ。それはお前がこのヨーグ様を怒らせたからだ!! お前に待っているのは死だ。死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!」


 やばい、このままじゃルートヴィヒが死んじゃう。


 「もうやめてぇ!! それ以上やったらお兄ちゃんが本当に死んじゃう!!」


 私の叫びに反応し、ヨーグがこちらに目線を向ける。


 「そういえばお前の妹だったなぁ。妹をボコボコにした方がお前は苦しみそうだなぁ」


 ヨーグが私に向かってこようとしている。だけどルートヴィヒがヨーグの足首を掴んだ事でその歩みは止まる。


 「何してんだ、てめぇ」


 「···ステラに手を出してみろ。お前に地獄なんか生温いと思う程の苦しみを味あわせてやる!!」


 「ひぃっ!? ···ふざけんな!! 俺がお前なんかにビビるわけねぇ!!」


 ルートヴィヒの殺意にあてられて悲鳴をあげてしまうヨーグ。


 そんな自分が恥ずかしかったのか、怒り再びルートヴィヒを蹴る。


 ルートヴィヒがやられる様を見る事しか出来ない私。


 涙が溢れてくる。


 だが、その苦しい時間も長くは続かなかった。


 「ルートヴィヒ君、こちらは制圧しました。もう反撃しても大丈夫です!!」


 観客席からフェイさんが告げる。観客席に居たヨーグの仲間達は、フェイさんや、ラダンさん、イレーヌさん、セシル、クルト皇子、ウリス生徒会長、ソフラ先生、レヴィン選手、サイツァー選手や他の選手や観戦していた冒険者に取り押さえられていた。


 「なっ!? あいつらも薬を飲んでるんだ。負ける筈が!?」


 ヨーグは仲間がやられたのが信じられないのか狼狽している。


 そんなヨーグを尻目にルートヴィヒがよろめきながらも起き上がる。


 「なっ!? てめぇ、何で立ち上がれる?」


 「気付かれないようにあなたのパンチや蹴りの威力を殺していたんですよ。皆があなたの仲間を取り押さえてくれるのを信じて」


 確かにあれだけ殴られて蹴られた割には怪我は少ない気がする。


 それでもルートヴィヒはボロボロだ。


 「くそっ!! なら今度は立ち上がれない程痛めつけてやる!! フレア!!」


 ヨーグが火属性上級魔法フレアを短縮詠唱で放つが、ルートヴィヒは避け、ヨーグを斬る。


 「ぐはぁ!? な、なんで? 俺は強くなったのに何で!?」


 混乱するヨーグを更に斬りつけるルートヴィヒ。


 「ぐああっ!? 痛え!! 悪かった!! 俺が悪かった!! だから」


 ヨーグの言葉を無視して斬り続ける。


 「言いましたよね、次は容赦しないと。それとあなたは僕の大事な宝物を傷つけようとした。許しはしない!」


 「ひいぃぃっ!! も、もうやめて···」


 「光迅流伍ノ型散迅華!!」


 ヨーグは全身を斬られ血飛沫をあげて倒れる。


 「お兄ちゃん、まさか!?」


 「大丈夫、殺してないよ」


 ルートヴィヒの怒った様を見てもしやを想像したけど堪えたみたいだ。


 ホッと息を吐き、ルートヴィヒに回復魔法をかける。だが、観客席に視線をやったルートヴィヒの表情が変わり、まだ回復途中なのに観客席へと向かっていく。




        ◆◆◆



 ただならぬ視線を感じたので、観客席へと目を向けるとフードを被って仮面を着けた女性が立っていた。


 確かバズ選手に薬を渡した人物と同じ特徴だ。


 慌てて追いかける。


 非常に逃げ足が早い。瞬歩を使って追いかけているのに距離が縮まらない。


 仮面の女性は裏路地に入り込む。だがその先は行き止まりだった。仮面の女性は逃げるのを止め、僕を倒すのに方針を変えたみたいだ。


 中々鋭い突きを放つ。何か格闘術を身につけているみたいだ。


 だが、僕と打ち合えるほどではない。


 正体を見ようと仮面を斬る。


 すると現れたのは桃色のショートヘアに空色の瞳の女性。闘技場を下見した時に見た女性だった。


 年齢こそ違うみたいだが、近くで見てもステラに酷似している。


 僕が彼女の顔を見て驚いてる隙をついてミストの魔法を放った。


 霧が晴れる頃には彼女の姿は居なくなっていた。

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