第七話 院内大会④


 気絶したクルト皇子は念の為医務室に運ばれた。


 心配なので様子を見に行くと取り巻きのゼルバとカイルがベッドで寝ているクルト皇子を心配そうに見ている。


 「···何のようだ」 


 ゼルバが睨んでくる。


 「心配になって見に来たのよ」


 「···平民風情がと言いたいところですが、貴方のお兄さんにはクルト皇子を助けてもらいましたからね。感謝を」


 いつも平民を見下しているカイルが私に頭を下げる。


 ゼルバとカイルと話しているとクルト皇子が動く。


 「「クルト皇子!?」」


 ゼルバとカイルがクルト皇子の顔を覗き込むとゆっくりと目が開く。ここがどこなのか、誰が居るのかを目線を動かし確認するクルト皇子。


 「···ゼルバとカイル。それにステラか。ここは医務室か?」


 「はい、そうです。クルト皇子大丈夫ですか?」


 「ああ、大丈夫だ。俺は確かフィリップにやられてそれで···」


 クルト皇子は現状を理解したのか顔色を曇らせる。


 「···そうか俺は負けたのか」


 ゼルバとカイルは何も言えずにいる。


 「···俺の母が平民だと知ってガッカリしたか?」




 ゼルバとカイルはクルト皇子の母親が平民だと知らなかったのか。


 ゼルバとカイルは首を横に振る。


 「例えクルト皇子の母君が平民だとしても、俺のクルト皇子に対する忠義は変わりません」


「俺もカイルと同意見です。俺達はクルト皇子の人柄に惚れて付き従っているのですから」


 「···そうか、ありがとう」


 クルト皇子に礼を言われて照れ臭そうにしている二人。


 私がいい雰囲気を壊さないように出ていこうとすると、クルト皇子の目線が私に向けられる。


 「ステラ、お前と少し話がしたい。ゼルバ、カイル席を外してもらえるか?」


 ゼルバとカイルの二人は頷き、医務室を出る。


 私とクルト皇子の二人きりになる。


 「···昨日の試合、お前に敗北宣言させた事をずっと謝りたかった。お前からしたら殺すか敗北を認めるかの二択しかなかったのに。俺がさっさと敗北を認めればよかった。すまなかった」


 「気にしなくていいよ。どうしても勝ちたい理由があったんでしょ?」


 「···フィリップが言っていた通り俺の母は平民だ。城で働くメイドだった。父が母に手を出して生まれたのがこの俺だ。父は俺の母親が平民だという事をおおやけにしなかった。母が平民だと知っているのは皇族と一部の上級貴族だけ。母は平民の生まれだから後宮でも肩身が狭い。父は俺が生まれた後、母に構う事はなくなった。俺も父に可愛がられた事などない。だから俺は優秀な皇子になる事を決めた。強くなれば、良い成績を残せば父に意識してもらえると信じて。」


 「······」


 何と声をかければいいのかわからない。


 クルト皇子は自嘲気味に笑う。


 「頑張っても認められる事はない。頑張っても母の立場が変わる事はない。そんな事は分かっている。だがそれでも微かな希望に縋るしかなかった。笑えるだろ?」


 私は首を横に振る。 


 「笑えないよ。貴方の頑張りを笑える訳がない。寮の裏の林で汗をかきながら魔法の訓練をしていたのを私は知っている。だから貴方の頑張りを笑う奴がいたら私がぶっ倒す!!」


 クルト皇子は驚いた顔をした後、ふっと笑った。


 「ははっ、そうか。ぶっ倒してくれるのか」


 「うん、だから貴方をバカにしたフィリップは絶対にぶっ倒すから!!」


 「ああ、ありがとう」



 院内大会最終日。


 残り一試合。フィリップとの試合だ。


 演習場に向かうと、既にニタニタと笑うフィリップが待っていた。


 フィリップと向かい合う。


 「これはこれはステラ嬢御機嫌よう」


 「御機嫌ようフィリップ先輩」


 にこやかに笑いあうけど、フィリップの目は笑っていないし、私の目も笑っていない筈だ。


 「昨日の試合はやり過ぎたと思わない?」


 「昨日の試合? ああ、クルト皇子の試合ですか。思いませんね。クルト皇子が弱過ぎただけの話ですよね」


 ふ〜ん、そういう態度か。


 「それよりもステラ嬢はもう戦わなくても代表になるのは確実ですよね。なら、この試合は消化試合ですよね? 棄権してくれませんか?」


 「確かに消化試合だけど、この試合だけは棄権しないわ」


 「う〜ん、それは困りました。ステラ嬢は強いですから」


 心にもない事を言う。


 「私が怖いならハンデをあげてもいいわよ」


 「ハンデ?」


 「ええ、私は火属性の初級魔法ファイアボールしか使わない。それ以外の魔法を使ったら私の負けでいいわ」


 「···そんな約束をしてもいいんですか?」


 「ええ、だってあなた程度ファイアボールで倒せるもの」


 フィリップの顔色が変わる。


 「随分舐めてくれていますね。平民ごときが調子に乗って。その余裕が最後まで持つと思うなよ!!」


 フィリップが本性を剥き出しにする。


 審判が試合開始の合図をする。


 フィリップと私は後方へと下がる。


 フィリップは手の平に魔力を貯める。


 「トルネードランス!!」


 風属性中級魔法トルネードランスを短縮詠唱で放つフィリップ。


 私は無詠唱でファイアボールを放ち、相殺させる。


 それを見てフィリップが驚愕する。


 「馬鹿な!? トルネードランスを初級魔法のファイアボールで打ち消しただと!? ならばこれならどうだ。サイクロン!!」


 続いて風属性上級魔法サイクロンを放つけど、それをファイアボール十六連発で相殺する。


 「くそ!! ふざけるなぁ!! ガイアウェーブ!!」


 土属性上級魔法のガイアウェーブか。ならファイアボール三十連発をおみまいしてやる。


 ファイアボール三十連発の弾幕によりガイアウェーブは消滅した。


 「そんな馬鹿な!? そんなはずがない。俺は変わったんだ。強くなったんだ。···こうなったら!!」


 フィリップは制服の内ポケットから紫色の液体が入った小瓶を取り出し、紫色の液体を飲み干す。


 するとフィリップの様子が変わる。


 目は充血し、肌色が赤くなった。そしてフィリップの魔力が上がった。あきらかなドーピングである。


 院内大会及び世界魔法学院大会ではドーピングは禁止されている。


  審判が試合を止めようとするが、フィリップが審判にエアショットを放ち昏倒させる。


 「そうだ。これが俺の本当の力だ!! 俺が平民に負けるはずがないんだ!! ギャハハハ!!」


 フィリップは正気を失っている。


 観覧していた教師達もフィリップを止めようと近づいてくるが、フィリップが風の障壁を張った事により近付けない。私は風の障壁の中に閉じ込められた。


 「どうせ、失格なんだ。どうせならお前を殺してやるよ!! サイクロン!!」


 先程までのサイクロンと大きさも威力も違う。当たったら即死だろうな。当たったらだけど。


 私は魔力を手の平にこめて巨大なファイアボールを作り、サイクロンにぶつける。


 サイクロンは消滅した。


 「ば、馬鹿な!? 魔力は確かに上がった筈だ!! 何故相殺される!?」


 「理由は簡単。私の魔力が貴方より上だからよ」


 「馬鹿な馬鹿な馬鹿な!? そんな筈がない。あの人は言ったんだ。これで俺は最強になれるって!! だから俺が平民なんかに負ける筈がないんだぁ!!」


 発狂するフィリップに向けてファイアボールを放つ準備をする。


 これで決める。


 空中に百のファイアボールが浮かぶ。


 「これでお終いよフィリップ。お前は私を怒らせた」


 フィリップは発狂しながらもガイアウォールを展開する。


 だがそんなもので私の怒りを止められると思うなよ!!


 百のファイアボールが炸裂し、ガイアウォールは粉砕され、フィリップは爆風で吹き飛び倒れる。


 気絶したのか風の障壁も消えた。


 フィリップはピクリとも動かない。


 意識を取り戻した審判がフィリップに近付き、意識がないのを確認し、勝敗の結果を伝える。


 「勝者ステラ!!」


 観覧していたクルト皇子に向かってピースする。


 クルト皇子は照れ臭そうに笑った。



 試合後、フィリップは禁止されているドーピングを行った事により、院内大会失格となった。


 フィリップが失格となり、世界大会代表は私、ルートヴィヒ、セシル、クルト皇子、ウリス生徒会長の五人となった。


 なおフィリップは怪我は回復魔法で治ったが、飲んだ薬の副作用で廃人となり、薬の出処はわからずじまい。


 この事件に謎が残った。

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