妹がどう見ても前世の記憶を持っているんですが〜スラム生まれの天才兄と転生妹の異世界成り上がりライフ〜

立鳥 跡

序章

プロローグ兄編

 「貴方なんて私の子じゃないわ、気持ち悪い!!」


 そう言って母は知らない男と家から出ていった。五歳の僕を残して。


 雨風を防げる程度しか家として機能していないボロい小屋に取り残された僕は呆然としていた。


 物心ついた頃から母は僕に笑顔を向けた事などなかった。


 泣くと怒鳴られるので、どんなに辛い時も泣かずに笑顔でいた。


 ずっと笑顔でいると気持ち悪いと叩かれもした。


 でも笑顔でいるのが一番怒られないので必死に笑顔でいた。


 知らない男達に笑顔を向ける母がいつの日かその笑顔を僕に向けてくれるのを信じて。


 なのに母は新しい知らない男と出ていった。

 でも気が変わって戻ってきてくれるかもしれない。


 微かな希望にすがりボロ小屋で三日待った。


 家に残された食べかけのカビた硬いパンと水瓶に残された水で飢えをしのいだ。


 だけど三日で家の中には食べ物も飲み物も無くなった。


 母が帰ってきた時に家に居ないといけないと思い、家から離れられずにいたけど、わかってる。母はもう戻ってこない。


 意識が朦朧としている中家から出る。


 この家はスラム街の中にあり、夜に外に出るのは危険だけど、喉が乾いたし、お腹も空いた。外に出るしかない。



 スラム街の中心にある井戸に向かい、水を汲んで喉を潤す。


 水を夢中になって飲んでるとシャツの襟を後ろから掴まれて後方に投げ飛ばされた。


 「ヒック、誰の許しを得て水を飲んでやがるガキ!! 飲んだ代金だ。何か持ってるなら寄こせガキ!!」


 投げ飛ばされ受け身もろくにとれなくて目眩がする中、上を見ると酔っ払いの中年男が僕を見下ろしていた。


 「うっ、井戸の水は誰でも飲んでいいはずじゃ!?」


 「うるせぇっ!! ガキが俺様に口聞いてんじゃねえ!! お前は黙って俺に金目の物を渡せばいいんだよ!!」


 「げはっ!?」


 僕の言葉は最後まで聞かずに男は僕のお腹に蹴りを入れた。


 「ううっ」


 お腹をおさえていると僕の髪を掴み、顔をジッと見る男。


 「汚れてるから気付かなかったが、よく見ると中々容姿が整ってるなぁ。なら奴隷商にでも売るか」


 男の汚い笑みを見て身の危険を感じ、男の腕を噛む。


 「ぐうぁ!? 痛え!!」


 酔っ払い男の腕にはしっかりと噛み跡が。血も滲んできている。


 痛みで男が髪から手を離したので一目散に逃げる。


 後方から男の怒鳴り声が聴こえるがかまわず必死に逃げた。




 人気のない細い裏路地に入った辺りで体力の限界がきて倒れた。


 しょうがない。空腹と先程投げ飛ばされたのと蹴られたので身体が言うことをきかないのだ。




 あぁ、頭がズキズキする。僕はこのまま死ぬのかな。


 スラムでは珍しくない人の死。


 僕に優しくしてくれた近所のおばさんや仲良くなった同い年ぐらいの男の子も簡単に死んだ。


 ここはそういう場所だ。なら僕が今日死ぬのもおかしくない。何より僕の帰りを待ってくれている人は居ないのだから。


 視界が霞み、意識が消えかけている最中遠くの方で何か聴こえる。泣き声?


 意識を必死に保ち、集中して耳を傾けると路地の奥から聴こえる。


 よろめきながらも立って路地の奥へと進む。

 少し進むと行き止まりにゴミの山。その中から泣き声が聴こえる。


 聴こえてくる泣き声を頼りにゴミ山を漁ると、ゴミの中から赤ん坊が出てきた。



 驚きで赤ん坊を見たまま固まっていると、赤ん坊は泣き止み青空の様に透き通った蒼い目で見つめてくる。そして笑った。


 そう、笑ったのだ。僕を見て無邪気に。


 この瞬間、僕に生きる活力が出来た。


 今にも壊れそうな小さい身体を優しく抱き上げると赤ん坊は更に笑った。キャッキャッと嬉しそうに。


 この子を守らなければ。そう思った。


 赤ん坊を抱えながら歓楽街へと向かう。五歳児の身体で赤ん坊を抱えながら走るのはきつい。その上僕の身体はボロボロだ。それでもどこからか力が溢れ出てくる。


 歓楽街には母が働いていた娼館という場所がある。


 何度か母に連れられて行ったことがあった。

 そこだけが僕がこの子を救える最後の希望。


 身体の痛みを堪えながらスラム街の入口であり出口でもある場所を抜ける。そこを抜ければもう歓楽街だ。


 星がいつもよりも輝いて見えるなぁと思いながら娼館を目指す。


 灯りなどないスラム街と違って、歓楽街は華やかだけど気をとられず一直線に娼館へと向かい、辿り着いた。


 赤ん坊を大事に抱えながら入ろうとしたら娼館の入口に立っている厳つい男性に止められた。   


 「坊主、ここは子供の来る所じゃねぇ。帰りな」


 「僕ここの女将さんと知り合いです。呼んでいただけませんか」 


 「ダメだ。早く帰るんだ」


 「お願いです。この赤ちゃんを助けたいんです!」


 頭を下げながら大声で頼み込んでいると娼館の扉から恰幅の良い初老の女性が出てきた。


 「うるさいねぇ、何の騒ぎだい?」


 「女将さん、それがこの坊主が女将さんを呼んでくれってしつこくて」


 「んっ、この坊やミーシャの子供じゃないか。名前は確か···」


 「ルートヴィヒです。女将さん、この子を助けて下さい!!」


 出てきた女将さんに頭を下げて頼み込む。


 「ふむ、何やら訳ありみたいだね。ここじゃ営業妨害になる。中に入りな坊や」


 女将さんについていき中に入り、女将さんの執務室へと通される。ソファに座る様に促され、僕は赤ん坊を抱きながら座る。


 女将さんは執務室の机に向かい、キセルに火をつけ吸う。


 「で、そんなボロボロの状態で赤ん坊を抱えてどうしたんだい? ミーシャは?」


 女将さんに母が知らない男と出て行った事と井戸の水を飲んだ際に酔っ払いの男に襲われた事。そして逃げた路地裏のゴミ山で抱いている赤ん坊を見つけた事を伝えた。


 「···なるほどね。ミーシャは前から問題児だったけど、小さい息子を置いて消えるとは本当に困った子だよ」


 キセルを口元から放し灰皿に灰を落とす女将さん。


 「あんたは気の毒だと思うよ。その赤ん坊もね。だけど、私が助ける義理があると思うかい? 私の仕事は慈善事業じゃないんだ」


 「でも頼れるのは女将さんしかいないんです。僕に出来る事なら何でもします。だからこの子だけでも助けて下さい。お願いします!!」


 「···ふむ、何でもと言ったね? あんたの母さんが一緒に消えた男は恐らくウチで働いていた裏方の男だよ。あんた容姿は整ってるし、小さいのに利発そうだ。裏方で働くってんならあんた達二人の面倒を見てやってもいいけどどうする?」


 「ありがとうございます。ぜひお願いします!」


 「じゃあ、とりあえず怪我の治療と食事だね。お腹空いてるんだろ? 待ってな。今傷薬と食べ物持ってくるから」


 女将さんはそう言うと部屋から出て行く。


 「良かったね赤ちゃん。これでもうだ···いじょう···ぶ···」


 安心したせいか僕の身体はソファーに傾き倒れてそこで意識を手放した。



        ◆◆◆



 んっ? くんくん。何かいい匂いがする。目を開けると見知らぬベッドに横になっていて、ベッドの横のイスに女将さんが赤ん坊を抱いて座っている。


 「おや、目が覚めたようだね。怪我は傷薬を塗ったから大丈夫だよ。あとは食事だけど」


 ――グウゥゥ。


 食事という言葉で僕のお腹が鳴る。


 「パンとスープを用意してるから食べちゃいな」


 ベッド横のテーブルに黒パンと温かそうなスープがある。


 すぐにでも食べたいけど確認したい事がある。


 「あの、その子の食事は?」


 「心配しなくてもいい。ウチの娼館には子持ちの娼婦もいるからね。その娼婦に母乳をあげさせたから気にせず食べちゃいな」


 その言葉を聞いた瞬間、黒パンとスープを食べる。久しぶりのちゃんとした御飯なのだ。ついつい勢い良く食べてしまう。


 「食事は逃げやしない。身体に悪いからゆっくり食べな」


 そう言われてゆっくりと食べる事にする。

 美味し過ぎて涙が出てきた。


 「ふん、よっぽどお腹が空いてたみたいだね。食べながらでいいから聴きな」


 女将さんは抱いてる赤ん坊に目をやる。


 「さっき、あんたにはここで働いてもらうって言ったけど、この赤ん坊の面倒もあんたがみるんだよ。あんたが拾ったんだからね」


 「はい、分かりました」


 「それとこの子を育てるなら早い内に名前を決めた方がいい。あんたが名付けな」


 「···なら星がよく見える日に出会ったのですてらからとってステラにします」


 「ステラか。中々良い名前だねぇ。ならこれからはルートヴィヒ。あんたがステラの兄ちゃんだ。しっかり守りな」


 「僕が兄ちゃん。···はい、ステラは僕が守ります!!」


 女将さんからステラを預かり抱っこしながら誓う。


 母が居なくなって絶望していた僕に新たな生きる希望をくれたステラは絶対に守ると。

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