24 ベリアル vs アモン 2

「ニ゛ャーーーーー!?」

「どわぁあああああああ!?」


 離れたところからユリスとシルバー達の悲鳴が聞こえてくる。結界が貼ってあるので大丈夫かもしれないが、もしかしたら一気にきた余波で壊れて、もみくちゃになりながら吹っ飛んだかもしれない。


「ゼェー、ゼェー……!」

「はぁー、はぁー……!」


 アモンは炎で傷を焼き塞ぎ、よろよろと立ち上がるが、ベリアルは立ち上がれない。

 僅かに動くたびに、全身が裂けそうな激痛が走る。右側腹部に手を当てるも止血などできず、どくどくと鮮血が溢れ出てくる。


「ふ、ふふ……。ここまで死が密接になることなんて中々なかったから、新鮮に感じるよ、ベリアル……」


 一歩二歩と近くが、膝を折って倒れ、咳き込んで血を吐く。耳を澄ませば、息をする都度ごろごろと音がする。肺に血が入り込んだのだろう。

 経験したことはないが、肺に血が入るのは想像を絶する痛みだそうだ。それもそのはずだろう。肺に血が入るということは、肺にまで傷が及んでいることを示すのだから。

 息をするだけでも想像を絶する痛みに襲われ、満足に立って戦うこともできないだろう。

 だのにアモンの顔には、今だに歓喜の色が浮かんでいる。


「ごめん、シルヴィア……。下手したわ……」

『アモン相手だから何も言わない。こうでもしないと、勝てないのでしょう?』

「互いに重傷だけど、多分こっちの方が酷い……。もしかしたら内臓少し持ってかれたかも……」


 自分の体ではないため、本来の持ち主のシルヴィアに謝罪する。


『贅沢は言ってられない。こんな怪我、あとで治せばいい。今の医療魔術は進歩してるから、半日あれば削れた臓器まで元通りになる』

「嫁入り前の体に傷付けてごめんなさいね」

『それを今言わないで』


 シルヴィアの返しにくすりと笑い、直後の痛みで歪める。

 とにかく、アモンを倒さない限りどうにもならないので、膨大な魔力を使って回復魔術を起動する。

 とりあえず止血だけはしなくては本当に話にならないので、傷口を塞いで止血する。


「お互い、ボロボロだね、ベリアル」


 荒い息を繰り返し、少し血の気の引いた顔をしたアモンが言う。


「えぇ、そうね。本当、あなたの攻撃は馬鹿げている。掠ったらいけないなんて、どんな無理ゲーよ」


 弱々しい声で、ベリアルが返す。


「でも、まだ生きてる。立ち上がる足はあるし、武器を掴む腕もある。片方の肺に傷がついて中に血が入っているけど、まだ呼吸もできる。心臓も動いている。なら、まだ戦える」

「とことん戦闘狂の思考よね、あなた」


 痛みで歪んだ笑みを浮かべるアモンとベリアル。共に血を失って頭が少しくらくらする。微かに耳鳴りもするし、めまいだってする。だが、それだけだ。まだ生きているなら、戦える。


 己の得物をしっかりと掴み、再度神性と魔性を解放する。

 また世界の法則が発狂し、色褪せていく。

 探索系の魔術でも使ったのか、近くにまでやってきていたユリス達が何かを叫ぼうとしたまま、静止する。


「きっと驚くでしょうね。気付いたら親友がボロボロになってるんだから」

『驚きすぎて失神しそう』


 そんなユリスの様子がありありと脳裏に浮かび、すぐに霧散する。

 アモンが手負いとは思えない速度で接近し、斧槍を振るう。やはりどれもが即死級の威力を孕んでおり、先ほど同様掠ってもいけない。

 神性『虚数時間』を全力で行使して、それでようやく当たらずに対応できる。


「ぐっ……!」


 虚構の時間の中ベリアルには大きな恩恵があるものの、内臓を少し持って行かれてしまったため、動くたびに激痛が走る。

 それで体勢を崩しかけるも気合で堪えて、紙一重で躱してアモンの鳩尾に蹴りを一発入れる。


「うぐっ……!? なんの、これしきっ!」


 少し前かがみになるも、唇を噛み切って堪えて回し蹴りを左側頭部に叩き込む。

 ギリギリ左腕でガードするもメギッという音が鳴り、足を振り抜かれて地面を転がる。

 起き上がろうと左手を地面に着けるが、上手く力が入らず転びそうになる。


「やっば……!」


 咄嗟に『血塗れの大鎌』を消して、シルヴィアが普段から愛用している大鎌を取り出し、ギミックを片手で起動させて刃を飛ばす。

 刃の部分には空間魔術が付与されているため、何もない場所に刃を突き刺すことができる。それを利用して高い位置に刺し、巻き取る勢いで上に飛び上がる。


「そんなもので逃げられると思わない!」


 木々を足場にして飛び上がってきたアモンが、巻き取っている鎖を断ち切る。

 がくんと急制動し、落下していくベリアル。彼女目がけてアモンが木の幹を蹴って接近するが、タイミングを見計らって『終息の火矢』を放つ。

 アモンはそれを空中で体を捻って回避し、舌打ちをしながら着地する。

 着地したアモンにベリアルは、刃を失った大鎌をぶん投げて牽制し、固有武装を再度展開しながら風魔術で自分を押し出す。

 押し出された勢いをそのままに斬りかかり、回避されるも瞬時に自己加魔術を展開し、更に加速する。


 ベリアルの猛烈な猛攻。アモンは持ち前の勘の鋭さで回避するが、回避しきることはできないようで掠めて行き、衣服や肌を浅く裂いていく。

 反撃に出ようとするが、その動作を見せると後の先を取るように致死の攻撃が放たれてくるため、アモンは攻勢に転じられない。


「思い通りには、させない!」


 振り下ろしを紙一重で回避して大鎌を踏みつけ地面に刺させて、膨大な運動エネルギーに変換している熱量を減らして、戻ってきた熱量の分の炎を解放する。

 ベリアルは地面をえぐりながら大鎌を引き抜き、その炎に飲まれないように距離をとる。


つう……!」


 大鎌を両手で握ろうとして、左手に鋭い痛みが走る。先ほど回し蹴りを受け止めた時、ヒビが入ったのだろう。

 直後はアモンに集中し過ぎていたからか気付かなかったが、意識が少し炎の方に向いたからか、痛みを感じるようになった。


 近接戦闘においては致命的。しかし回復魔術をかけている余裕はない。

 そこでベリアルは、魔力でコーティングすることで固定し、更には自分の魔力で自分の腕を操るという芸当をやってのける。

 一度入ってしまえばそれだけで、魔力が尽きるまで速度的有利を与えてくれるベリアルの神性。

 アモンは基本亡者を焼く炎から熱量を得て、それら全てを運動エネルギーに変換して、暴力的な身体機能を発揮して戦う。


 『虚数時間』を使ったベリアルに追随できる時点で恐ろしい性能だが、唯一の欠点は炎で攻撃に転じる際はそちらに熱量を回す必要になるため、身体機能の方がやや落ちるといった点だ。

 正気を削るような亡者の悲鳴が直接脳内に響いてくるが、シルヴィアに影響がないように強固な精神防御を重ねて、ニヤリと笑みを浮かべる。


(あの時と、同じ)


 二百五十年前、レイフォード家の先祖の体を借りてアモンを倒した時と、同じような状況。

 あの時も今と同じように、互いに重傷になり、アモンが運動エネルギー変換に回していた熱量を、僅かに炎を解放するのに回していた。


 かつての時よりも遥かに強くなっているアモンだが、前回と今回の戦いで彼女は神性『虚数時間』を行使したベリアルの速度に、完全に追随することは不可能であることは確信している。

 それでも瞬間的な速度はベリアルを上回るが、その速度を作り出せるのは一瞬だけで、継続して安定した速度を出し続けるベリアルには敵わない。


 拮抗していた身体機能に、僅かに差が生まれた。ほんの僅かにアモンの動きが、遅く見える。

 勝ちを確信し、強く地面を蹴って踏み込む。

 アモンは反応しきれていない。懐に入られたところで気付いたようだが、慌てる様子はなくむしろ、してやったりといったような顔をしている。

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