第53話 あの人のために
野沢は孤独な青年だった。そんな野沢にただ一人声をかけたのは梶原節子だった。
「君、こんな所で何してるの?」
河川敷で座り込み、一人食事していた野沢に、そう言って節子は笑顔で近づいた。
立候補したてで選挙活動中の節子は、自分の名前の入ったタスキをしていた。
そんな彼女を何とも言えない顔で野沢は見上げると、ポツリと答えた。
「メシ喰ってるんですよ、わかりません?」
「こんな所で?向こうに公園もあるのに」
「ほっといて下さい。貴女こそ忙しいんじゃないですか?こんな所で話してる暇、ないのでは?」
節子は少し考え込む様な仕草をした後、タスキを見ている野沢を見て笑いながら言った。
「これ?…そう、私選挙活動中なの!交通事故で夫を亡くしてから、そういう事の無い世の中にしたくてね!でも中々難しいのよ…天国の夫も笑ってるかもね」
そう言って節子は、何となく感情移入してしまい、思わず持っていたサンドイッチを差し出した野沢にまた笑いかけた。
「ありがとう!頂くわ!」
そして暫く二人並んで食べていると、節子は更に自身の事を話し出した。
「私ね、世の中を変えるには、上に行くしか無いと思っているの。政界の上の上まで行けば、夫の死も無駄じゃなかったって思える世界になるかもしれないって。単純かしら?」
そう言う節子は、野沢には眩しく思えた。
この人と一緒にいれば、明るい世界に自分を連れて行ってくれると思う程に。
野沢は少し考えながら、節子に言った。
「単純だなんて思いませんよ。そういう志、立派だと思います。ただ貴女には同志が必要だ」
そう言って野沢は立ち上がると、節子に続けて言った。
「僕で良ければ力になります。貴女を一番上まで、押し上げますよ」
野沢が手を差し出すと、節子は嬉しそうにその手を握った。
これが野沢と節子の出会いだった。
***
それからはアッという間に、節子は政界のトップへとのし上がって行った。
だが、夢が叶っているにも関わらず、節子の表情は日に日に曇っていった。
「…そう、必ず時間を作るから、そう伝えてちょうだい」
移動中の車の中で、節子はそう言うと、電話を切った。
「どなたと話していたのですか?」
野沢がそう尋ねると、節子はため息をつきながら言った。
「息子の運転手よ、良くしてくれるの。激務に追われ過ぎて息子に構ってあげられないのが辛いわ。なんとか誕生日だけでも一緒に過ごしたいのよね」
節子はそう言うと、窓の外を見つめた。
…総理はもっと自由でいいはず、何の気兼ねも無く政界に打ち込めるようにして差し上げたい。
野沢はそう思うと、節子が不意に修の写真を眺めたのを見て、良からぬ事が頭をよぎった。
…息子の修さえいなくなれば…総理は気兼ね無く政界に打ち込める。
「どうかしたの?何だか変よ貴方?」
「いえ…何でもありません」
野沢はそう言うと、節子はまた修の写真を眺めた。
野沢はその時、不気味な笑みを浮かべていた。
***
アイリスと野沢は向かい合いながら、間合いを取り、両者共に銃を構えていた。
「全ては…総理のために!」
野沢はそう言うと、アイリスに向け発砲した。
アイリスはそれを避け、野沢のネクタイピン目掛けて発砲した。
「うっ…!」
アイリスの弾は狙い通り野沢のネクタイピンに当たり、野沢は後ろに倒れ込んだ。
「…出番だぞ!黄道十二宮隊!」
野沢がそう叫ぶと、レオにタウルス、アクアリウスが現れた。
彼らは銃をそれぞれ持っている様子で、アイリスは一歩下がり、様子を伺った。
「会いたかったぜアイリス・ブラウン…。君とまたやり合う日を夢に見ていたよ」
「…それはご丁寧にどうも」
レオにそう言うと、アイリスは銃を向け、野沢以外の三人に狙いを定めた。
「二人は動くなよ、俺の獲物だ」
「はいはい、わかってるって」
アクアリウスがそう言うと、レオは銃の他にナイフも取り出し、アイリスに向かって来た。
「死んだ後ちゃんと火葬してやるよ!」
そう言うとレオはアイリスに発砲し、アイリスがそれを避けると、間合いまで踏み込みナイフを振った。
アイリスの髪が少し当たっただけで数ミリ切れたが、それ以外はアイリスは無傷のまま、銃をいったん懐にしまい、レオのナイフを握った右手と、銃を持った左手を掴んだ。
「…嬉しいね、君が俺の腕を握ってくれるなんて」
「勘違いしないで下さい…任務のためです」
レオとアイリスが揉み合いながら、交戦していると、アクアリウスとタウルスが修の部屋へ駆け込もうとした。
それを見てアイリスは大声で叫んだ。
「テルマ!お願い!」
アイリスがそう言うと、白い猫がアクアリウスとタウルスの前に躍り出た。
「何だ!?」
「気をつけて!ロボットよ!」
アクアリウスがそう言うと、白い猫のロボットは、腹の部分から横に、内蔵されていた銃をスライドさせて発砲した。
それをアクアリウスとタウルスが慌てて避けると、銃を向け発砲した。
だが、白い猫のロボットは高い場所から低い場所に移りアクロバティックに攻撃をかわした。
「ここから先は行かせませんよ!」
白い猫のロボット、テルマがそう言うと、アクアリウスとタウルスは冷や汗をかきながらテルマを見下ろした。
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