『至福のバスルームライフ ~高性能バスルームで極上の休息タイム~』
水原麻以
人間をダメにするたった一つの冴えた侵略法
”テレテレン♪ いい湯加減です♪♪”
ふわふわした声で誘われると我慢できない!
服を脱ぎ捨て扉を開く
ムッと熱気のタオルが裸体を包む。一気に気分はリゾート。
ここは南国、裸の楽園。
かけ湯なんかいらねえ。俺の風呂だ。文句あっか!
サブンと飛び込み首まで浸かる。
この締め付けるような温もり。ふーっ、たまんねぇ。
俺が顔を洗っているとお盆がプカプカ流れてきた。
徳利にお猪口? いやいや、通は升酒だろ。片手でつかんでグイっと一杯。ごくごく、ごくらくごくらく。
そして風呂からあがって脱衣所に立てば、温風が拭いてくれる。至れり尽くせりだ。
ロボットアームがバスローブを着せてくれる。
指一本動かさなくていい。床からフカフカのベッドがせりあがって、俺をますますダメにしてくれる。
ガスの力だ。ガスは偉大だ。
ゴトンと音がして壁が開いた。ガスジェット式のドローンがそれをベッドサイドに運んでくれる。
ガス圧縮式の物流パイプラインが各家庭に伸びていて、宅配トラックを無用の長物にしていた。
「何だろう」
包みを開いてみると注文した本と一緒に通販カタログが入っていた。
えーとなになに?
『ガスタービン機関で往くカリブ海5日間の旅』
エメラルドグリーンの海が陽光にきらめいて、ラスタカラーのビキニ美女が甲羅干ししている。
いいなあ。
オプショナルツアーがあるんだ。
釣りたての魚をガスコンロで焼いて、ぷりっぷりの白身を味わう。肉汁がじゅうじゅうとガスの炎にしたたる。
たまんねえ。
料金も魅力的だ。庶民の手に届く。これだけ安くできるのはガスタービン機関のおかげだ。
ガスタービン機関というのはありとあらゆる可燃物をガスの高温で燃料に変えてしまう夢の動力だ。
それで化石燃料の依存度が大幅に減った。廃棄物だろうが何だろうが高温ガスの火力で一気に燃やす。
西暦202X年。ガス会社は総合生活事業に進化していた。
水でさえもだ。水素ガスを燃やして造られる。
そして俺は温暖化ガスの排出権取引と省エネ生活術のコンサルティングで生計を立てている。
運動がてらあっちこっちのお宅を訪問しては生活設計をゼロエミッションに近づけるための見直しをしている。
「奥さん、電気で焼くよりはガスが効率的ですよ」とか細かく指南するのだ。
温暖化対策に協力すると補助金が受けられるから、俺は引っ張りだこだ。
しかし、今は一歩たりとも動きたくない。このフワフワが俺を侵略する。
大の字になって、身体を上下してみる。
やわらかな感触。
ああ、どんどんダメになっていく。
だが、何事にも限度があるので俺は天井に告げた。
「少し運動したいんだが」
俺がそういうと、床がもぞもぞ動き出した。
”ペース配分はいかがなさいますか”
「8km/hで固定してくれ」
トントンと心地よい足音が部屋に響く。あとで軽くシャワーを浴びるつもりだ。
明日はどこへ行こうか。ガスタービン車で素敵な出会いを探しに行こうか。
「いかがでしょうか。地球人をDAMEにする作戦は」
ピンク色の軟体動物が角を突き合わせている。彼らはガス惑星の住人で宇宙の秩序を制御している。
「いや、本当にダメになったのかな。さっぱりして、ぐっすり寝て、彼はなかなか充実しているようじゃないか」
スカイブルーの生物が反駁した。
「そうですね。地球の人々は不快とは無縁の生活を送れそうです」
「君が仕掛けた策略は人間をダメにするのではなく、闘争動物である部分をダメにしてしまったんだ」
ピンクは降参したように触手をだらりと垂らした。
「これで宇宙から火種が一つ消えたわけですね」
「だが、我々の任務は終わったわけじゃない。ともあれご苦労だった」
「私は疲れました。ひとっぷろ浴びていいですか」
軟体動物たちはモヤがただよう大気を降りていった。
『至福のバスルームライフ ~高性能バスルームで極上の休息タイム~』 水原麻以 @maimizuhara
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