アレンジトラック
第17a話「アコーツ」
魔城楽団、再始動。
一足先に逝ってしまったミノットさんを悼みつつ、楽団の練度を更に上げることを決意した俺たちは、更なる高みへ向けて歩み出した。リハーサルへの気合もダンチってなもんだ。
そんなこんなで改めて一念発起した
これまでの活躍を耳にしたのか、皆に慕われていたミノットさんの仇討ち?のつもりなのか、とにかく沢山のモンスターたちが我も我もと、楽団への入隊を願い出てくれていたのだ。
中には、ほとんど強迫に近い言動で迫ってきた奴もいて大変だったけど……ねえ聞いて聞いて。ほんっっっと大変だったんだよ。あのアラクネのやつがさあ―—
「―—ようっ! 何辛気臭い顔してんだよっ」
皆が楽器のチューニングを合わせている間、指揮者台で待っていた俺のケツを、ばしん! と叩いて笑う声。そう、アンタだよ!
「……おはようございます」
「んだよ、なんか文句あンのか?」
思わず睨み返した俺を、更に怖い顔で睨め返した声の主は、アラクネのアラーニェさん。呼びにくいのでアラ姐(ねえ)だ。
全身真っ赤な肌で、上半身は美人の女性。下半身はどでかく真っ黒な女郎蜘。上半分は全裸という訳ではなく、蜘蛛の部分から広がってきている黒い体毛で、肝心なとこは全部上手いこと隠れている。因みに腹筋はバキバキである。
まあたぶん、概ね皆がイメージしてる通りのはずだ。その性格は良くも悪くも男勝りで(この世界ではありえないことだが)下手すると江戸っ子の素養すらある。いつ「でやんでい!」などと言い出すかをちょっと楽しみにしてる。
ざっくりと切った短めの黒髪を軽めに流し、勝気に笑う表情は凛としていて。
まあ確かに美人だよ。美人だけど……そうそう、最初の話の続きする!
入団を申し出てきたアラ姐に「今んとこ人足りてるから」と拒否したら、いきなりその沢山の手足で俺の四肢を拘束して軽々と持ち上げて、牙をかちかち鳴らしながら顔を近づけて凄んでくんの。「あァ? もう一度言ってみろ」強迫だよあんなもん。
てことで、彼女には木琴を担当してもらうことにした。なんだかんだで手数が多いのはいいことだ。普通では到底考えられないような演奏法を任せることができる。DAWを扱って曲を作ってる人は判ると思うけど、往々にしてDAW上では人じゃとても演奏できない譜面を作ったりしがちである。でもアラ姐なら大丈夫……。
けどそれにしたって! ことある毎に鋭い爪で! ちくちくと!
「―—も、文句なんて滅相もございません。アラ姐、恐縮ですがそろそろ練習を始めますんで、配置の方へ……」
魔王さまと話す時よりも敬語度が増しちゃう。
「あははっ、そンなに怖がるなって! あの日はちょいと腹が減って気が立ってただけなんだからサっ。仲良くしようぜ、タカシっ」
アラ姐は快活に笑って俺の肩をバンバン叩き、木琴の方へガサガサと歩いていった。
うーん。色々と文句言ったけど、アラ姐、綺麗な人で良かった。全体的に蜘蛛そのものだったら失神ものだよあの動きは……。
「んじゃ、今日は一旦通しで演ろう。この面子で合わせるのは初めてだし、譜面一枚目から順番に……ひえっ!?」
気を取り直して、楽団の皆に声をかけた俺は、すぐ脇というか耳元を掠めた冷気に悲鳴を上げてしまった。
黒い布……そう、黒いぼろぼろの布としか言えないものが、ふわふわと漂いながら皆の方へ向かっていく。
「あ、ゴスたん! こっちこっち!」
冷気を感じたのか、気付いたハル子が快活に声を上げて、手(羽根)招きした。
すっかり忘れてた。『コレ』は新顔の一人、ゴーストのゴスたん。
見た目はもうホント、黒い布、としか言いようがない。多分何かしらの霊的エネルギーの構成体を包みこんでいるらしいが、俺の目には観えない。喋りもしない。
けどモンスターの皆は、ちゃんと認識して会話している。魔物化が進んでいるとは言え、俺もまだまだ修行が足りないのかもしれない。
『コレ』の担当はピッコロだ。原理は全くもって不明だが、とにかくあの布の中にピッコロを突っ込むと『中身』が受け取って、それなりの上手さで演奏してくれる。
あの黒布の中で何が起きてるのかはさっぱり判らない。
見てみたい気もするけど、見ちゃいけない気もするので、それはよしておこう。
「ちょっと、ゴスたん!? あんまり近寄らないでくれますこと!?あなたがそばに居ると、私、動きが鈍ってしまうんです。知って、る、でしょう……」
楽団の中に漂い込んだゴスたんが噴き出す冷気に、ラミ江さんが怒って弱った。ええ……そんなすぐ?氷属性弱点ってやつ?
「キキキキ! たまにはオレに上を担当させろ!」
「ケケケケ! やーだよ! 上はオレの! 最初にジャンケンで決めただろ!」
二匹で一つのコントラバスを演奏している双子のゴブリンたちが、また喧嘩を始めて。
「うるせえ! やかましいぞコラ! 音合わせできねーじゃねーか!」
銀髪のヴァンパイアのげんこつで制裁を受けた。
「はいはい、いーかげんにしろ。練習、始めるぞー」
ざわざわし始めた楽団員たち。収集が付かなくなる前に俺が手を軽く叩いてみせると、面白い程に喧噪がぴたりと止まり、皆、真面目な顔してそれぞれの楽器を構えた。
お。良い感じじゃん。俺もやっと楽団長として認められるようになってきたってことかな。うん……トロりんはアホ面で鼻くそ食べてるけど。それは普通によそうね。
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