アンコール
『アンコール』
「どうも、荒上原詫歌志です。うちのTAKUTOが世話になっています」
「あーマネージャーさん?タクちゃんに言っておいて。一回くらいは飲みに付き合ってよって!」
見るからに若作りな、チビのおっさんが、ばんばんと俺の肩を叩く。
「綺麗どこのチャンネーも用意してあげるからさあ」
小指立てんな!なんだそのコテコテの業界人っぽさ。今は令和だぞ。
今日は、弟が創った楽曲を実際に演奏するスタジオミュージシャンたちとの初めての打ち合わせだった。
流石にプロの世界。計り知れない程の技術とセンスと、それを担保する努力を怠らない彼等は、まさに『モンスター』の群れ。
ただ、ミュージシャンの周りには、その才能を利用して儲けようとする連中がうようよと居る。このチビもその一人。こいつらの様な人種こそモンスターの最上位種、真の邪悪みたいなもんだ。言い過ぎかな?
そんな戦場に飛び込んでから、一カ月が経つ。
直に音楽を扱う機会は以前より減ったが、共通の感性を持つ弟と音楽の話に明け暮れ、それが形になって世に出ていくだけで、俺は充分だった。
楽団で培った『場面に合わせてアレンジを変える』能力はそれなりに役に立っている。いずれ弟にはゲームや映画音楽にも手を出してもらいたい。
後ろで好き勝手に口を出させてもらうのが今の俺の夢である。まるであの魔王の様にな……くくく。
ただ、音楽関係の仕事とは言っても、実際はプロモーターやマーケティング担当などが大勢関与する、あくまでも商品として売ることを目標とする商売だ。そういった関係者とも打ち合わせや飲み会を重ね、人脈を作っていくのも大事な業務だった。
以前のよれよれだったスーツは新調し、ぼさぼさだった髪はさっぱりと切って……ちゃんとした美容院に行くのは初めてだったもので、色々とあったんだけど、その話は良い?すげー面白いよ?駄目?うん。それは置いとく。
「兄貴、ちょっと良い?」
「ああ、何?」
打ち合わせと挨拶周りを終えて侘玖斗のマンションに戻り、次のスケジュールを確認していると、弟から唐突な話が。
「今夜の飲み会、俺の代わりに兄貴が行ってほしいんだ」
「ええ?でもお前の知り合いなんだろ?」
「俺はちょっと用事があって……」小指を立てやがった。
「でも、一応大切な関係者で、仕事の話もあるからすっぽかすのもアレだし。なので兄貴の出番って訳」
「判ったよ……」
「その方が兄上の為にもなるから」
へらへら笑うタクト。なんだそれは。
例の異世界の話をして以来、それをネタにこうやってちょくちょくからかって来やがる。
「判った。行く。行くよ……」
ふと思う。こいつはこういう自分がやりたくない仕事を全部押し付ける為に、気兼ねなく我儘を言える相手として俺をマネージャーにしたんじゃないかと。
「ま、兄上も頑張ってきたんだし、俺のおごりだ。たっぷり呑んで羽根を伸ばしてきなよ」
タクトがまた笑った。
――――――――――――――
人混みで賑わう駅前の雑居ビルを改装した、ごくありふれた居酒屋を訪れる。
一階のカウンター席では大量のサラリーマンたちが酔いつぶれ、やれ仕事がどうだ、上司がどうだ、妻が太っただの、くだを巻いていた。まだ十八時だぞ。
こういう場面を目にする度に、ああ、帰って来たんだなあ……という実感に耽ったりもしたが、ほとんど毎日目にする風景なので、すぐに辟易するようになっていた。
件の飲み会とやらは、三階の広めの宴会室で行われていた。
「こんばんはー……すいません遅くなりました」
「お、来たな。さあそっちだ」
奥に座っていた茶色のセーターを着たおっさんが指し示した席へ座る。
既に出来上がっている十数名の男女の集まりは、歳も性別も統一性は無かった。知り合いが居る訳でもないので俺は大人しく座ったまま、様子を伺う。それぞれが楽しそうに会話を交わし、酒もぐいぐい行っていた。
居心地が悪……くはない。昔の俺とは違う。様々な経験を積み、こんな他人ばかりの状況でも落ち着いていられるようになったのだと思う。いやー成長したなあ俺も。
その中は何故か小学生も混じっていた。誰かのお子さんかな。こんな乱痴気騒ぎに連れてくるなんて保護者はきっとろくでもない奴……モンスターペアレンツだな。意味が違うか。
そのうち、皆が俺の方をちらちらと見て、ひそひそと耳打ちし合っている事に気付いた。うん……ホントなら、かの有名なTAKUTOが来るはずだったのに、単なるマネージャーでごめんなさいね。
「もうそろそろ良いだろー!始めようぜー!」
一番奥に座っていたバンドマンらしきにーちゃんが、野次を飛ばす。銀に染めようとして失敗したような髪色だった。
すると、最初に俺に声を掛けた茶セーターのおっさんが立ち上がって……うお!大きい!二メートルちょいあるんじゃ……そして、俺の方に真っすぐ向かってきた。
「……?」
仁王立ちするおっさんを見上げて困惑していると、暫く見下ろしていたおっさんは急にふっと笑って、俺に名刺を差し出した。
「自己紹介が遅れて
「あ、はい、どうも……」……え?
「………………………………………」
「え?ええ?えええええっ!?」
受け取りかけた名刺をぶん投げ、俺はがさがさとゴキブリの様に後退った。
「え?何これ。あんた。あんたは。まさか」
――嘘だろ。
すると、周囲でその様子を見ていた連中が一斉に、どっ、と笑った。
「なんだよ!結局腰を抜かしたぜこいつ!感動して泣くとこだろフツー!」
「やった、私の一人勝ち!絶対こうなるって思ったの。ほら皆千円ずつ出してっ」
悔しそうな叫び声と、嬉しそうな女の子の声が聴こえた。
…………聞き覚えのある……。
「嫌ですわ。今夜の会費だけでも必死に捻出しなくちゃなりませんでしたのに」
つんとしたロングヘアの美人が、そっぽを向く。
「……!?……★♪$?■!?」
「ほら、楽団長殿がパニくってるぞ。早いとこ説明して差し上げろ」
黒革ジャケットの男が呆れたように言う。
「すまんな詫歌志。お前がどう反応するかで賭けをしていた」
「違うでしょ、ミノットさん」
「……説明するのは野暮だがな。まあ、判っているだろう?今度は私たちの方がこの世界に転生したということだ」
「………………!?」
「わかってねえぞこいつ」
絶句して震えている俺に、口々に語る、ひとたち。
「魔王さまのお力だろう。気が付いたら、なんか知らない土地に倒れていたのだ」
茶色のセーターの牛みたいなおじさん、ミノット。焼肉店を経営しているというのは、ドッキリついでの冗談だと思ってたけどホントだった。
「最初はびっくりしたのなんのって。いきなりただの人間にされて放り出されたんだぜ?楽団の連中も来てるって知って更にびっくりさ。色々と学習して、合流するのに大分時間を喰っちまった」
黒レザーのジャケットを着て、銀のアクセサリーをじゃらじゃらと着けている、ヴァンドラ。顔色がすごく良いので気付かなかった。ていうかお前、銀って大丈夫なの?
……もう、いいのか。
「折角だから、皆揃ってからまとめてびっくりさせてあげようって思って!」
ミノットさんの背後から薄青のワンピースを着た、ショートカットの女の子が、ひょこっと顔を出した。手には千円札の束が握られている。
………ハル子――……
「これで、心置きなく楽しめるわね?うふふ」
「うわっ!?」
背後にぴったりと寄り添ってきたセクシーなドレス姿の女性が俺の耳に息を吹きかける。
テオタさん?あんた関係なくない?
「まったく、この二カ月は本当に大変でしたわ。人間というのは不便すぎます。頻繁に食事を摂らなければすぐに動けなくなりますし。それに……」
からあげをぱくぱく口に放り込みながら、つんとするロングヘアの美人、ラミ江さん。
「食べる。金要る。金。仕事する」
緑色のパーカーを着る、のんびりした
「そう、それが一番キツかった。なんだよこの国の就労のしにくさと最低賃金の水準は。やれ学歴だの、社会的信用だの……こっちでの生活の方がよっぽど戦争してるって感じがするよ」
ヴァンドラは相変わらず饒舌で。
「けけけっ!おれたちには関係ないもん!」「きききっ!働きたくても働けないしな!」
ゴブ太とゴブ郎だ。さっきの小学生……
「万引きして食いつないでたんだぜこいつら」ヴァンドラが口を挟んだ。
「にゃー」
「こらマーティ。顔を出してはなりませんわ。お店の人にバレたら追い出されちゃいますわよ」
ラミ江さんの高級そうなブランド物バッグから、猫が顔を出した。
俺は、もう、恐れ入って笑うしかなかった。
『ミノット。奥様からメッセージが届いています。読み上げ開始』
唐突にミノットさんのズボンのポケットから声が響き。
『早く帰ってきてね、ハート。飲み過ぎちゃ駄目よ。今夜は子供たちを早めに寝かしつけるから、久しぶりに。三点リーダ。ハート二つ』
「エリー!やめろっ!!ええい止め方が判らん」
ミノットさんはスマホを取り出してあわあわした。
全員の転生の姿と物語を紹介したいけど、もう涙がだくだくでまともに話せない。
この二カ月間、全員がこの世界で、且つての俺と同じ様に戦ってきたのだ。
でも、この『打ち上げ』に一番居てほしかった者の姿はなかった。
「……魔王さまは」
判ってはいたけど、問わずには居られなかった俺に、皆は少し悲し気に笑って、応えなかった。まあ、そういうことなのだろう。
ようやく事態を飲み込んで落ち着いた俺は、様々な事を訪ねた。
あの世界は結局どうなったんだ?
「なるようになったんじゃね?魔王さまは勇者に倒され、世界は平和になってしまいました。めでたしめでたし」
ヴァンドラの適当な答え。
それに、ここに居るのは……。
「この世界に転生できたのは、楽団に関わった者だけの様だ。他は……まあ、全てを救うのは例え誰であろうとも不可能だろう。仕方ない」
首を振るミノットさん。
「詫歌志さんもお忙しいとは思いますが、またいずれ皆で演奏会を開きましょうね」
スレンダーな美女が小首を傾げ、優しく微笑んだ。少し瘦せすぎて頬がこけてるけど、相当な美少女……。
ああ、スケルくんはスケルちゃんだったのね……。
あの笑いは『これ、私の!』というオチだった。
――――――――――――――
「皆、生活費を稼ぐのに必死でな。楽団全員のスケジュールは最後まで合わなかった。それでも出来るだけ大勢が揃うように予定を合わせるのは大変だったぞ」
「タクトさんにもお礼を言わなきゃいけませんね」
え?
「ああ、魔王さまの弟さんも、精神だけこっちの世界に来れるようになったんだってよ。身体は相変わらず冥蟲の胃の中で溶かされてる最中らしい」
「辛くなったら時々、詫玖斗さんの身体に意識を移して休憩してるみたい」
無理矢理すぎるし、なんか後味が微妙に悪いぞそれ。
まさか兄上とか言ってたのは冗談じゃなくてそういう事……?
「…………」
宴もたけなわ。会話のネタも尽きて、穏やかでまったりとした空気が流れる。
ふと。会話の最中、ずっと俺の隣でちょこんと座っていたハル子と眼が合った。
劇的な再会なのに、以前のようにべたべたくっついたりはしてこない。
でもそれは、以前の様な明日をも知れぬ戦いの中で、傍に居れる時を全力で大切にしようとするからこその表現だったんだろう。
しかし今は違う。魔城親衛隊という束縛から解かれ。例え空を飛べなくなったとしても、もう、彼女は、完全な自由を謳歌できる。
この国でそれは難しいことなのかもしれないけど。
俺が見つめていると、彼女は軽く微笑んだ。
「まあ、理屈とか魔法とか、そういうのは全然判らないけどさっ」
「こういう雑な奇跡があっても良いんじゃない?」
俺は頷いて、そのまま彼女を抱き締めた。
雑なんてもんじゃない。無茶苦茶だ。何もかも。最後の最後に運命の魔法陣はとんでもない奇跡を……奇跡だなんて言葉じゃ足りない、何かを起こしてくれた。
それは魔王さま、あんたの願いを叶えるためのものだ。
いずれ落ち着いたら、あんたの為の曲を皆で作ります。
それはもう国歌と呼べる代物ではないにしろ、あんたの偉業を、雄姿を、優しさを、起こした奇跡を。あんたの全てを讃える、はなむけの歌になるでしょう。
ハル子は突然の抱擁に少し驚いた様子だったが、やがて俺の胸に顔を埋めた。
奇跡そのものが、今、俺の腕の中で小さく息づいている。
魔城楽団モンストロケストラ
『アンコール』
了
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