第15話 魔王さま、お守りください。
魔界生まれ魔界育ちの魔王イアレウスの暗黒魔法が、ついに魔導戦機兵の防御を崩した。ついでに立派な玉座も粉砕した。
無数の暗黒の雷をエウリュデオンの周囲に落とし、玉座の間の壁や天井が次々と爆発し、砕け散っていく。豪華なのに……勿体なくない?
魔導機兵の全方位射撃で既にぼろぼろになっていた建造物はとどめを刺され、ついに限界を超えて、ちょっと洒落にならない崩落を始めた。
雷鳴。銃声。高笑い。モーター音。そしてそれらに負けじと唸る音楽。
「喰らえ!万物の根源たる礎の力をッ!」
高らかに舞う魔王さまが宣言し、どでかい真っ黒な球体を頭上に出現させた。
間違いなく重力系の何かだ。
崩れた瓦礫が浮かび上がり、エウリュデオンの周囲をぐるぐると回りだす。そして中央には巨大な圧力がかかっているらしい。墜落したエウリュデオンの装甲や機体は次々と軋み、ひしゃげていく。
それでも尚、機兵は片腕をぐぐぐ……と持ち上げ、ライフルの銃口を天の魔王に向ける。最後の射撃だ。だが、強まる重力に負け、ついに地に伏してしまった。
メギメギと音を立て砕けていく機体。これで決着かと思いきや。
それまで青色だった機体各所の発光部が赤色に変わり、溢れ出すように漏れ。
『敗北が確定。残存魔力を収束。オールレッド。開花プロトコル実行。光あれ』
淡々としたアナウンスを発する。あれ?もしかして……もしかしなくても自爆?
あれだけの火力を駆使するエネルギー。爆発したらかなりまずいのでは。
だが、演奏もクライマックス。丁度一番いい盛り上がりを過ぎ、壮大なアウトロに入ったところである。会心の演奏の果てに、巨大な花火で何もかも吹き飛ぶのならばむしろ清々しいくらいである。
『さようなら。美しい世界。そして最愛のひとたち』
『カウントダウン、Tマイナス10』
しれっと人格を持ってたような口を利き、それからご都合主義的にも演奏が終わる丁度その瞬間と全く同時に爆発してくれる模様。
『9』
『8』
だが俺達も怯まない。不吉な震動や、エウリュデオンに収束していく眩い光にも負けず、長尺の和音が次々と重なっていく荘厳なアウトロに全てを集中する。
『7』
『6』
宙を舞う魔王さまは何やらぶつぶつと唱え始めた。流石にこの大音響の中では聞き取れない。
『5』
『4』
『3』
『2』
『1』
『デデドン!』というトロりんのフィニッシュが決まった。
一瞬の無音。まるで全てが一点に集まり。
解放された。
渦を巻いていた魔王さまの暗黒重力魔法が幾何学模様を描き、その爆圧を一方向に変える。流石に封じ込めるのは難しかったようだ。
爆発は魔城の天井を易々と吹き飛ばし、天守閣から伸びる巨大な光柱となった。
目も眩むような光雷は、世界を白黒にする。
「きゃー!」ハル子はたまらず羽根で顔を覆い。
「わああ!?」ヴァンドラは激しい震動でひっくり返り。
「伏せろぉっ!」ミノットさんが野太い声で楽団員たちに叫ぶ。
演奏も終わったし、各々が銘々に対応する。尚もエウリュデオンの動力の全てを解き放った最後の光柱の破壊は続き、それまで耐えていた演奏結界も破壊され、俺達の頭上には瓦礫や柱が次々と崩れ落ちてきた。
魔王イアレウスは目を閉じ、爆発の制御に集中している様子。
俺はしっかりと戦いの決着を見届けようと、崩れ来る瓦礫も無視して異形の五枚羽根で宙に留まる魔王さまの姿を凝視していた。
「ねえ何してんのっ。逃げないと危ないよぉっ!」
見入る俺の肩を、ぐいぐいと引っ張る声。
振り返ると、宙からハル子が脚で掴んで、連れ行こうとしていた。
「でも、まだ本当に終わった訳じゃ――」
一瞬の判断の遅れ。演奏場の脇の一際大きな支柱が崩れ、俺とハル子に向かって倒壊してきた。ああ、これだめ。これはだめだ。
役に立たないと判っていても身を守ろうと腕を上げ、目をぎゅっと瞑る。
「ぬもおおっ!」
野太い咆哮。倒壊してきたふっとい柱を、ミノットさんが受け止めてくれた。
すっごい。
目を見開いて唖然とする俺とハル子を見下ろし、ミノットさんは鼻息を荒くする。
「何を……している……っ!早く……行け!」
「あ、ありがとう……」
「ありがとうミノットさん!」
迫った死の恐怖に砕けた足腰を奮わせた俺と、その肩を掴んで飛び引っ張るハル子がその場を離れる。いやあ今のはヤバかった。流石は魔城随一の筋力を誇る牛。
しかし。
続けざまに崩落してきた巨大な石壁の破片が、ミノットさんの支える石柱の上へと大量に落ちた。
「あ」
呆気なかった。
支えられていた石柱は無情にも、命の恩牛を圧し潰した。
「……え」
ミノットさんの振るった力に嬉しそうにしていたハル子の顔からも表情が消えた。
呆然としている間にも、エウリュデオンの自爆のエネルギーは尽き、光や震動は収まっていく。
空高く立ち昇った光の柱は魔城の天に大穴を穿ち、周囲に垂れ込めていた暗雲を打ち払い。
俺達は、玉座の間に似つかわしくない、澄み渡った丸い青空に見下ろされていた。
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