くよくよ消しゴム

@masujing

第1話

こうたは自分の日記をつけている。

毎日じゃないけど、時々思い出しては書く、そんな日記。

その日、こうたは寝る前に自分の日記を読み返してみた。


「-月-日 〜〜試合で最終回、2アウト満塁で打席が回ってきた。でも見逃し三振。打てばよかったのに、くやしい」


「-月-日〜〜ずっと好きだったルミちゃんが転校してしまった。ルミちゃんがいじめられてる時、ぼくは勇気がなくてなんにもしてあげられなかった。くやしいな」


その他の日も、もっと食べればよかった、とか、言わなきゃきゃよかった、とか、そんな事ばかりが書いてあった。

「なんだ、ぼくは後悔ばっかり日記に書いてるじゃないか」


そう思い出すと、なんだかその日のことや気持ちを思い出して、こうたはだんだんくやしくなってきた。あの時打ててたら、みんな泣かずに済んだんだ、負けたのは僕のせいだ。

そういえば、ぼくはよくこんな気持ちになる。

くよくよしてばかり。


そうしながら、日記を読んでいくと、


「-月-日 ~~~~~~~~~.......」


あれ、なんだか目がかすんで読めないぞ、眠いのかな、もう寝ようかな


こうたは電気を消して布団に入った。


次の日、こうたは遊びに行った帰りの夕方、いつも通る古い神社の横を通った。


あれ?こんなとこに道なんてあったっけ


鳥居の横に見なれない細い道があって、ずっと奥まで続いている。夕方で暗くなりかけていたけど、奥の方に古い小屋が見えた。

はやく帰らなきゃママに怒られるけど、こうたはその道を行ってみることにした。


その小屋の前には

「なんとか屋」

と書いてあった。


「一体なんだよなんとか屋って。」


そんな独り言を言いながら、古いガラス戸をガラッと開けて入ってみた。

店の中は暗くてよく見えない。けれど、奥に誰か座っているようだった。おばあさんのようだった。


「おや、大きくなったねぇ」


こうたは、どこかで聞いた声だと思った。必死に思い出そうとしたけれど、どうしても思い出せない。


「あのー、何屋さんなんですか?ここ」


やっぱり薄暗くて、顔は見えない。


「ここはね、困ったことをなんとかするの。だからなんとか屋。何が困ったことはあるかい?」


こうたは少し考えて、こう言った。


「くよくよしないようになりたいです」


「そう。じゃ、これを持って行くといいよ」


おばあさんはこうたに、消しゴムを1つくれた。


「あの、ぼく今お金持ってないんだけど」


するとおばあさんは、こう言った。


「あなたからお金なんて取らないわよ。それよりその消しゴム、日記のくよくよだけを消してごらんなさい。それで書き換えてごらん。」


一体何だったんだろう、あの店。

こうたは家に帰って、もらった消しゴムを眺めてみたが、ケースが真っ白で何も書いてない以外は、どこにでもあるような普通の消しゴム。

ためしに寝る前にその消しゴムで日記を消してこう書き込んだ。


「-月-日~~~最終回、2アウト満塁で打席が回ってきた。ライトに2ベースヒット、サヨナラ勝ち。

うれしい、うれしい」


こんなことでほんとに消せるのかな。


そんなことをすっかり忘れていた次のチームの練習日、次の試合のメンバーが決まった。

こうたはなんと4番。


「え?ぼくはずっと9番か代打だったのになんで?」


チームのメンバーはこうたに、


「当たり前だろ。こうたは前の試合もチャンスで打ってるし、その前だってサヨナラヒット打ったじゃないか」


こうたはようやく思い出した。

「あの消しゴムが変えてくれたんだ、くよくよを消してくれたんだ、すごいぞこれは!」

そういって喜んだ。


家に帰り、さっそく次はこう書き込んだ。


「-月-日~~~好きだったルミちゃんが転校して行った。ルミちゃんは最後に、いじめられてる時助けてくれてありがとう、と言ってくれた。あの時勇気を出してよかった。」


次の日、なんとルミちゃんから手紙が来ていた。


「こうたくんへ

実は、来月~~小学校に戻れることになりました。戻ったら、ぜひまた仲良くしてください。」


こうたはうれしくて、

「やったー!すごいぞこの消しゴム。これを使ったらぼくのくよくよ、全部消せるぞ」


それから、こうたは日記をどんどん書き換えていった。おなかいっぱい食べた、言わなくてよかった、と、どんどん書き換えていった。


そうして日記をめくるうちに、この前読めなかったページが出てきた。


「-月-日~~~~~~今日おばあちゃんが病気で亡くなった。ぼくは遊びに行ってて、病院に行った時はおばあちゃんが亡くなった後だった。大好きだったおばあちゃん、最後に会えなかった。くやしい、なんで遊びに行ったんだろう」


そうだ

大好きだったおばあちゃん

体調が悪くて病院にいたおばあちゃん

あの日僕は家にいなかった

絶対忘れられない日


ぼくはこんな日記を書いたんだった。

それなら、よーし

こうたはこう書き換えた。


「おばあちゃんが病気で亡くなる時、ぼくは病院にいた。おばあちゃんはぼくに、

『ありがとうこうた、いい子にね』

最後にそう言って息を引き取った。おばあちゃん、今までありがとう」


次の日、こうたはママに聞いた。


「ねえママ、おばあちゃんが亡くなる時、ぼくはどこにいた?」


「何言ってるの、あんた隣で手握ってたじゃない、おばあちゃんおばあちゃんって、ワンワン泣いて」


こうたはそれを聞いて、はっとした。

そして、たまらなくなって思わず部屋を飛び出した。


ちがうじゃないか

ぼくは行ってない、ぼくは遊びに行ってた。

おばあちゃんの手なんて握ってない。

おばあちゃんとお別れなんてしてない。

野球だってそうだ、ぼくは三振したんだ。

ヒット打った記憶なんてないし、意気地なしなんだ。全然くよくよは消えてないじゃないか

ちくしょう。


くやしくてくやしくて、こうたは泣きながら消しゴムを持って神社まで走った。

そして、なんとか屋に駆け込んで叫んだ。


「これもう要りません。全然くよくよなんて消せない」


やっぱり薄暗くてよく見えなかったけれど、おばあさんはいた。


「おや、消せなかったんだね。おかしいね、どれ、見せてみて」


おばあさんが手を出すと、その手がすっとこうたの肩にのびて、ふわりと抱きしめてくれた。


「ほんと、大きくなったねこうた」


それは、懐かしいおばあちゃんの匂いだった。

こうたは思い切り抱きついてワンワン泣いた。


「おばあちゃん、あの日病院に行けなくてごめんなさい。前の日元気そうだったから遊びに行ってしまったんだ。最後にお別れ出来なくてごめんなさい、わがままばっかり言ってごめんなさい、いっぱいいっぱい言いたいことあったのに」


おばあちゃんは、


「ここで会えたから、もう大丈夫。こうたもこれで、もうくよくよしないね?」


「うん、もうしない。くよくよなんてもうしないよ」


「よしよし、いい子だ」




気が付いたら朝になっていた。


ほっぺたがぬれていて、ぼくは眠りながら泣いていたみたいだった。

ベッドから飛び起きて、おばあちゃんの日記のページを読んでみた。

でも、日記は変わっていなかった。


ぼくは三振したんだ

ぼくは勇気がなかった


でもそれでいいんだ。

だってぼくは今日も新しい日記が書けるんだから。こんどはくよくよしない日記を。


もう泣かない。

最後に会えたから、もう大丈夫。

くよくよなんてするもんか。


ありがとう、おばあちゃん

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