第111話 家族の思い


 この日のスタッフ会議は、あおい荘で初めてのクリスマスをどう迎えるか、それについて意見が交わされていた。


 子供の頃は、こういった季節季節での行事を楽しみにしていた物だった。保育園や幼稚園でも、先生たちが行事の意義を教えてくれて、その話に魅了され、各々が心の中で物語に思いを馳せてもいた。

 しかし年齢を重ねていく中で、日々の慌ただしい生活の影に隠れていき、気が付くと「もうそんな時期なんだ」と思い出す程度になっていく。

 直希は季節の移り変わりや、古くから伝わる風習や伝統を大切にしたいと考えていた。それはどの施設でも同じで、季節ごとに飾り付けや催し物を利用者と共に行うことで、コミュニケーションも深まり、変化の少ない生活の中に刺激を与えることも出来るからだった。





「サンタ役は当然、直希よね」


「いやいやつぐみ、当然って何だよ」


「あら、サンタは男でしょ。それとも何かしら、直希は私たちにサンタの衣装を着せて、それをいやらしい目で楽しみたいのかしら」


「……あおいちゃんや菜乃花ちゃんもいるんだし、冤罪をかぶせるのはやめてほしいんだけど」


「ふふっ。それでみなさんにプレゼントは……このリストね」


「あ、はい……私とあおいさんで、みなさんが喜んでくれるんじゃないかと思う物を書き出してみました」


「山下さんには映画のDVD、まあ順当よね。それから小山さんには……あら、菜乃花手編みのマフラーなの?いいわね、これ」


「は、はい……部屋では編めないので、学校で少しずつ編んでるんです……おばあちゃん、ここに来て本当に元気になりました……直希さんやつぐみさんには、本当に感謝しかありません。足の方も、毎日リハビリを頑張ってくれてますので、少しずつですけど、歩けるようにもなってきました。だから、その……このマフラーをつけて、外を一緒にお散歩出来たらいいなって思って。あと手袋と毛糸の帽子、これはあおい荘からのプレゼントとしてあげたいと思ってます」


「素敵なプレゼントだと思うわ。菜乃花、頑張ってね」


「あ、はい!がんばります!」


「生田さんには……デジカメなの?」


「ああ。生田さん、フイルムのカメラは一眼で持ってるんだけど、現像代も馬鹿にならないし、ずっと押し入れで眠ってるらしいんだ。携帯のカメラでも、色々撮ってるぞ。でも生田さんのはスマホじゃないし、そんなにいい性能でもないから。流石に一眼は無理だけど、でもこれをプレゼントしたら、また写真を撮りに行くんじゃないかって思ってな」


「そうなんだ……知らなかったわ。負けたみたいで、ちょっと悔しいかも」


「何だよそれ。お前、何と戦ってるんだよ」


「ふふっ、確かにね……そして栄太郎さんには……何これ、知恵の輪?」


「ああ。じいちゃん昔から、そういう物が好きなんだ。パズルとか頭を使うやつ。それ渡したら面白いぞ。多分一日中、ムキになってやってるから」


「そうなんだ……ふふっ、面白そうね。文江さんは化粧品……そうね。あの夫婦喧嘩の一件から文江さん、お化粧にも随分気を使ってるみたいだし、いいかもね」


「ああ。じいちゃんの見る目も変わって来たしな」


「でも、こういう積み重ねがあるから、みなさんここで楽しく過ごせてるのよね。何だか嬉しい……と言うか、私たちも楽しいわ、そういうのを見ていて。あと、西村さんは……ちょっと何これ、直希、あなたね」


「……駄目か?」


「駄目に決まってるでしょ、何よこれ。グラビア写真集って」


「いやいや、西村さんが喜ぶ物っていったら、これが一番に浮かんだんだよ」


「あおい荘の風紀を乱す訳にはいきません。そうね……西村さんには、写経セットなんてどうかしら」


「お前……西村さん、落ち込んで部屋から出て来なくなるぞ」


「かもね、ちょっと可哀想……かしら、ふふっ」


「ですです。西村さんには、もっともっと元気になってもらいたいです。私も写真集でいいと思いますです」


「あおい、そんなこと言っていいのかしら。西村さんの欲望スイッチが入っちゃって、あおいのお風呂を覗きに来るかもよ」


「そ、それは困りますですが……でも、ちょっとぐらいでしたら」


「こらこらあおいちゃん、ここはそういう所じゃないから。そんな献身、いらないからね」


「全くこの子は、どこまで本気なんだか……最後に節子さんは、文芸書?」


「ああ。安藤さんから聞いてたんだけど、節子さん、物凄い読書家だったそうなんだ。ほら、元々国語の先生だったし、本には目がないみたいで」


「でもそれって、今でも続いているのかしら」


「前に聞いたことがあるんだ。そうしたら節子さん、物凄い勢いで話し出してね。お気に入りは純文学。東西問わず」


「純文学かぁ……いいわね、そういう趣味を持ってるって」


「だな。これから少しずつでも、そういう話も聞けたらいいと思ってるよ」


「そうね。本当、そうなってほしいわ」


「でも……節子さん、本当に良くなってきましたよね」


「確かにまだ不安定だし、急に以前のモードに戻ったりもするけど、それでもここに来た頃のことを思えば、劇的な変化だよ」


「私たち……少しは節子さんのお役に立てたんでしょうか」


「何言ってるの、菜乃花。立ったに決まってるでしょ」


「そうです菜乃花さん。節子さんがたまに見せてくれる笑顔、それだけでも私たちがしてきたことは、無駄じゃなかったと思いますです」


「それにほら、安藤さんもね」


「そうね。あれから一週間だけど、もう二回も会いに来てるし」


「安藤さんも、笑顔になりましたです」


「確かに笑顔、増えたよね。初めて会った時の安藤さんは、この世の絶望を全部背負い込んだような感じで、疲れ切ってたからね」


「でも今の安藤さんを見てると、本当によかったって思いますです」


「確かにまだ、節子さんとの関係が完全に戻った訳じゃない。でも節子さんも少しずつだけど、安藤さんへの信頼が戻って来てるのは分かる。たまにだけど、『美智恵は』って、名前で呼んだりしてる」


「あおい、菜乃花。今直希がさらっと言ったけど、介護の世界で生きて行こうとするあなたたちは、今の安藤さんの気持ちも、しっかり受け止めておかないといけないのよ」


「それって……どういうことですか」


「私たちの仕事は、利用者さんを守ること。これは分かるわよね」


「はい、もちろんです」


「でもね、それじゃ半分なのよ、正解の」


「どういう……ことですか」


「私たちが守るのは、利用者さんは勿論、ご家族も、なんだってことよ」


「利用者さんの……家族」


「そう。今の安藤さんを思い出してごらんなさい。本当に幸せそうで、節子さんに会うことを心から楽しんでいる。でもね、発症してからこれまで、安藤さんは疲れ切っていた」


「はい……それは分かります」


「自分が手にかけて、この苦しみから逃れようと思ったこともあると思う」


「そんな……実の母親をですか」


「それぐらい、認知症の家族を持ってしまうということは、大変なことなの。事実、追い詰められた家族によって起こってしまった事件も少なくないの」


「……」


「勿論、程度の大小はあるわよ。みんながみんな、そうなる訳じゃない。でもね、自分の生活を維持しつつ、認知症の家族と生活を続けるってことは、想像以上に大変なことなの」

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