第58話 ともだち
9月に入ってから一週間が過ぎた。
山下は東海林医院の紹介で、街の総合病院で検査を受けていた。
結果は異状なし。一過性のものだろうとのことだった。
この結果に、ひとまず胸を撫でおろした直希たちだったが、その後症状を抑える為にどうするべきか、スタッフ会議で何度も話し合った。
その結果、山下が一番興味を持つ映画で試してみようとの結論になった。
「山下さんって、かなりの数の映画を観てますよね」
そう直希が尋ねると、山下は「ちょっと待ってね」そう言って、箪笥から大学ノートを何冊も取り出した。
ノートを開くと、これまでに観た映画に関するデータが納められていた。
公開された年、主要スタッフ、主要キャスト。そして解説と感想がびっしりと書かれていた。
「山下さん、これって」
「うふふふふっ。私の一番の趣味だから。映画館に行ったのは勿論だけど、ビデオ屋さんで借りたのも、調べて書いてるのよ」
「まいったな、これは……」
直希が提案しようとしていたことを、山下は既にやっていた。別のことを考えないといけないな、そう思った直希の頭に、ふと一つの案が浮かんだ。
「山下さん、パソコンは使えますか?」
「パソコン……調べ物とかにはよく使ってたわ。でも専門的なことは勿論無理よ」
「と言うことは、キーボードを打つことは」
「それなら問題ないわよ。昔、タイプを打つ仕事をしてたから」
「それだ!それだよ山下さん!」
「それって、どうしたの直希ちゃん、そんなに興奮して」
「山下さんはこんなにたくさんの映画を観て、その一作一作をこうしてまとめて残してる。山下さん、これをネットで公開しよう」
「ネットでって……ブログとかかしら」
「ブログ、分かるんですね。ますます話が早い。そう、そうだよ山下さん。ブログを立ち上げようよ」
「でも……私、難しい操作は分からないわよ」
「それなら任せてください。俺がある程度の状態まで作りますから。山下さんは、このノートに書いてあることを打っていくだけでいいから」
「……人様にお見せするのは、ちょっと恥ずかしいわね」
「そんなことないって。これだけの資料、好きな人からしたら、お金を払ってでも見たいと思うよ。俺たちも協力するから、やってみない?パソコンなら、俺が使ってないやつがあるし」
直希の提案に、山下は少しとまどった。だが、これまで書き溜めて来た映画の資料を発表し、同じく映画好きな人たちとつながっていける。それは魅力的だった。
直希の言葉に山下はうなずき、ここにブログ「貴婦人山下の映画の部屋」が誕生した。
それから山下は毎日時間を決めて、直希たちとブログ制作に取り組んだ。また、つぐみ監修の元、新しい運動メニューにも取り組んだのだった。
毎日体を動かし、そしてブログという新しい目標が出来た山下は、以前にも増して生き生きとしてきた。その様子に、直希たちも喜んだのだった。
「どう?新学期、楽しくやってる?」
「あ……は、はい……なんとか……」
「お手本のように適当な相槌ね。何かあった?」
「あ……はい、実は……」
洗濯物をたたみながら、つぐみと菜乃花が話していた。
「あの……つぐみさん、誰にも言わないでもらえますか」
「どうしたのよ菜乃花。改まってそんな風に言われると、身構えちゃうじゃない。大丈夫よ、菜乃花が秘密って言うなら、誰にも言わないわ」
「あの、ですね……この前、告白されちゃって」
「なーんだ、告白ね。難しい顔してるから、何事かと思っちゃったじゃない。そう、告白ね……って、えええええええっ?」
「つ、つぐみさん声、声を下げてください」
「ご、ごめんなさい。そ、そう、告白ね……やっぱり菜乃花は可愛いから、男子たちも放っておかないわよね」
「そんなこと……でも、今回のはちょっと……困ったっていうか……」
「……今回ってことは、初めてじゃないのね」
「え?」
「何でもないわ、続けて頂戴」
「この前告白してきた人なんですけど……すごくいい人で、クラスでも人気者なんです……いつも女子たちに囲まれてるし、告白もされてるみたいで……なのにどうして、自分なんかを」
「菜乃花。自分なんか、なんて言っちゃ駄目よ。菜乃花だって、すごくいい子なんだから」
「あ、はい……ありがとうございます……でも私、その人のことよく知らないし、お付き合いする気もなかったんで、断ったんです」
「……まあ、菜乃花ならそうでしょうね。何といっても、意中の人はここにいてるんだから」
「ちょ、ちょっとつぐみさん、それは内緒だって」
「ふふっ、ごめんなさい。でもどうして、それでそんなに元気がないの」
「断ったことが、クラスの女子たちに知られちゃったみたいで……彼が告白してた時、隠れて見ていた人がいたみたいなんです……」
「なるほど、そういうことね。それで?何か嫌がらせとか、されたりしてない?」
「は、はい……それは大丈夫です。ただその……断った時のその人の顔を思い出したら、悪いことしたなって思って」
「菜乃花は本当、優しいわね。でもね、付き合う気がないんだったら、それでいいのよ。下手に優しくしたり慰めたりして、脈があるかもって誤解させる方が無責任だから」
「そう……ですよね」
「菜乃花は何も悪くない。だからね、もっと元気出しなさい」
「はい…………あ、そうでした。つぐみさん、いいお話なら一つあるんです。つぐみさんに言おう言おうと思ってたのに、色々あって忘れてました」
「何よ、急に元気な顔して。ふふっ……よっぽどいいことがあったみたいね」
「はい。つぐみさんにお礼を言わなくちゃって、ずっと思ってたんです」
「私にお礼?何かしら」
「私の、その……胸、なんですけど」
「胸?」
「この前測ったら、Bカップになってたんです!」
「え……」
「それに身長も少しだけど伸びてました。これも、つぐみさんにジムに誘われたおかげです。本当にありがとうございました」
満面の笑みでそう言う菜乃花とは対照的に、つぐみは能面の様な顔で両手を突き出し、菜乃花の胸に触れた。
「ひゃっ……つ、つぐみさん……恥ずかしい、恥ずかしいです……」
「ふーん、そうなんだー。菜乃花の胸、Bカップになったんだー」
「つ、つぐみさん顔、顔が怖いですって」
「そっかー。流石成長期よねー。私の胸は、全然なんだけどねー」
「つぐみさんつぐみさん、ほんと、顔が怖いです」
「ふふふふっ、ふふふふふっ」
「つ……つぐみさん、つぐみさんってば」
「あ……」
菜乃花の言葉に我に返ったつぐみが、慌てて手を引っ込めた。
「……ご、ごめんなさい。今一瞬、宇宙に意識を持っていかれてたみたい」
「よかった、戻って来てくれて……ちょっとだけ怖かったです……でもつぐみさん、本当にありがとうございました。胸もですけど……ここに来てから私、つぐみさんにはお世話になりっぱなしで。本当に感謝してます。今、本当に毎日が楽しいんです」
菜乃花の笑顔がまぶしかった。
いつもおどおどしていて、あおい荘で会っても小さな声で挨拶することしか出来なかった菜乃花が、今自分の前で、こんなに幸せそうに笑っている。
そう思うと、つぐみの顔も自然とほころんだ。
「何言ってるの。菜乃花は大切な友達なんだから。当然でしょ」
「はい。私、つぐみさんとこうして、これからもずっと友達でいたいです!」
「これからもよろしくね、菜乃花」
「はい、つぐみさん」
そう言って互いの額を合わせ、一緒に笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます