第2話 あおい荘のあおいさん


「家出?」


「はいです……私、家でちょっとありまして、父様と言い合いになったんです。それでその……」


「そんなこと言うならもういい、私、家を出ます。お父さんなんか知らない!」


「え? 新藤さん、どうして分かったんですか?」


「いや、そんなに驚かれても。大体分かるよ」


「そうなんですか……」


「それで?家はどの辺りなのかな?」


「ごめんなさいです、それは……」


「まあ、言いたくないなら聞かないけど。それで風見さん、これからどうするつもりかな」


「……」


「その様子じゃ、お金もあんまり持ってないよね。それにその格好……かなりいい服みたいだけど、あちこち汚れてる。家出して何日目?」


「……三日目です」


「行く当ては?」


「ないです……」


「だよね……なあ、じいちゃんばあちゃん。この人、しばらくここで面倒みてもいいかな」


「またあんたは、勢いだけで決めちゃって」


「まあでも仕方ないだろ。直希、ここの管理人はお前だ。お前がしたいようにすればいい」


「ありがとう、じいちゃんばあちゃん」


「だから、コンビ名みたいなのはやめとくれって」


「風見さん。そういう訳だから、風見さんさえよければ、しばらくここに住みませんか?」


「そんな、これ以上ご迷惑は」


「どっちにしても、行く当てないんでしょ。それにお金も」


「はいです……」


「そうしないと、俺たちも後味悪いよ。このまま帰しちゃったら風見さん、またすぐに行き倒れてしまうよ」


「でもいいんでしょうか、居候させていただいて」


「勿論、働いてもらうよ」


「え?」


「そして働いてもらうからには、お給料もちゃんと出すから。人手も欲しかったところだし」


「働くって、新藤さんのお宅で?」


「うん。ここで」


「ここって一体」


「ここは簡単に言えば、有料老人ホーム」


「老人ホーム?」


「まあ、そうは言ってもみなさん自立してるし、特に介助も必要ないんだ。俺は一応資格持ってるけど、ほとんど使ったこともない。言ってみれば、ここは食事付きの集合住宅。入居してるのは現在6人で、俺が管理人」


「お年寄りの集合住宅……」


「施設に入る必要はなくても、一人でお年寄りが暮らすのは何かと不便。だからそういう人の為に作ったのがここ、あおい荘」


「あおい荘?」


「うん。だから俺もびっくりした。風見さんの名前と一緒」


「ここの名前があおい荘……」


「あらあら、そうなの。あおいちゃんって言うんだね」


 文江があおいの頭を撫でた。


「これからよろしくね、あおいちゃん」


「あ……は、はいです!よろしくお願いしますです!」


「あらあら、元気なお嬢さんね。私は文江で、こっちの人が栄太郎さん。そしてこの子は私たちの孫」


「不束者ですが、頑張って働きますです」


「それでその……風見さん、年はいくつかな」


「年ですか?」


「うん。勢いでいいって言ってしまったけど、もし風見さんが未成年なら、色々問題が出てきちゃうから」


「23歳になりますです」


「え?そうなんだ。ひょっとしたら未成年かもって思ってたけど、俺と4つしか変わらないんだ」


「私、そんなに子供っぽく見えますですか」


「ああ、いや……お腹が空きすぎて倒れてたもんだから……ね」


「……無鉄砲で、ごめんなさいです」


「いやいや、謝らなくていいからね。じゃあ風見さん、部屋に案内するよ。俺の隣の部屋でもいいかな」


「はい、ありがとうございますです」


「それと、俺のことは直希でいいから」


「直希さん、ですか?」


「だってここにはじいちゃんばあちゃんも住んでるし、新藤さんじゃややこしいでしょ」


「分かりましたです。私のことも、どうかあおいと呼んでくださいです」


「分かった。じゃあ、あおいちゃん、こっちに」


「はいです、直希さん」




「ここだよ。はいこれ、鍵」


 扉を開けて、あおいに鍵を渡す。


 中に入ると半畳ほどの玄関、隣が洗面所とトイレになっていた。


 部屋は六畳間、家具もないのでそれより広く感じた。


「少し手狭かもだけど、いいかな」


「とんでもないです。あのその私、本当にここで住んでいいんですか」


 あおいの興奮ぶりに、直希は笑顔でうなずいた。


「ちょうど昨日、部屋に掃除機をかけた所なんだ。まるであおいちゃんが来るの、分かってたみたいだ。後は……布団は予備があるから、後で持ってきてあげる。それであおいちゃん、荷物はそれだけなんだよね」


 そう言って、あおいが背中にしょっている小さなリュックを指差した。


「はいです。勢いで出て来たので、何も持ってきてなくて」


「その、着替えとかは?」


「……ないです。下着しか持ってきてないです」


「そっか、よかった。流石に下着は俺も持ってないから」


「え?」


「いやいや、こっちの話。じゃああおいちゃん、落ち着いたらお風呂に入ろうか。さっぱりした方がいいと思うんだ」


「でも私、着替えが」


「俺のでよかったら用意するよ。それにあおいちゃん、ちょっとだけその……匂いが……」


「ええっ!私、臭いですか!」


「あ、いや、臭いってほどじゃないけど、三日も同じ服を着てたんでしょ。その様子だとお風呂にも入ってないみたいだし……って、匂わないで匂わないで」


 直希に言われたあおいが、服に顔を押し付けて匂っていた。


「この暑さだし、しょうがないよ。それに疲れただろ?ゆっくりするといいよ」


「ごめんなさいです、何から何まで」


「いいからいいから。じゃあ俺、お湯張ってくるから。落ち着いたら来てね」


 そう言って、直希が部屋から出て行った。




「はあ~」


 あおいはその場に座り込み、大きく息を吐いた。


「なんだか……急に疲れてきたみたいです……さっきまで大丈夫だったのに……」


 そうつぶやき、畳に寝そべる。


「畳の香りです……ふふっ……」


 仰向けに横たわり、昔ながらの電灯に目を細めた。


「落ち着きますです……」

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