第2話 駒を操って、婚約破棄作戦スタート! マリィ視点(4)
「鑑定の結果を、報告致します。結論を申し上げますと、双方は一致せず。あの脅迫状は、限りなく本物に近い偽物だと明言致します」
あれから、およそ2時間半後。ランティズ侯爵が、品のある年老いた男性――なんとアイザック様と共に戻ってきて、そのアイザック様が直々に発表した。
((な……。なぁ……っ。なんですって……!?))
0・1%を見分けられるのは、テオ様だけ! それは絶対で、この方には見分けがつかないのに……! なにが起きているんですの……!?
「なっ、納得できません! ワタシが持参した脅迫状は、本物です! 偽物だと断定した理由を細かくお教えください!」
当然、わたくしも納得がいかない。これは、どうなっていますの……!?
「わたくしめが断定した理由、それは極僅かの筆圧と筆勢でございます。言わずもがな、所謂文字の『個体差』は考慮しておりまして――。この脅迫状とテオ様に宛てた手紙の文字には、極々、本当に極僅かの違いがございました」
!? この人も理解している!? なぜ!? どうして!?
「正直申し上げますと、わたくしめ独りでしたら騙されていたでしょう。しかしながらテオ殿の御助言によって的確に注視する事が出来、正確な判断ができたのでございます」
アイザック様はテオ様の方を見て――確認を取って、テオ様がランティズ侯爵に託したという手紙をわたくし達に見せた。
そこには、
《無礼を承知で申し上げますと、自分以外の人間では0・1%の差に気付かず『一致』と判断してしまいます。ですがアイザック様ほどの御方でしたら、注視さえしていただけれえば違和感を覚えていただけると確信しております。
自分が注視していただきたいポイントは、2点。『は』と『の』の字です。
『は』は右上の横線を書き始めるポイントに極僅かな柔らかさが含まれていて、脅迫状の方には極僅かに醜い攻撃的な色が含まれております。
『の』は最後、筆を離す瞬間に注目していただきたい。
自分への手紙には必ず『ふわり』と筆を離した痕跡が極々僅かに存在しており、それに対して脅迫状には『ふわりっ』と筆を離しています。
その際の違いを筆圧で表すと、差はたったの0・4グラムでしょう。
まさしく極僅かですが、差は間違いなく存在いたします。
アイザック様の御経験および技術、そこに顕微鏡での熟視があれば、認識は可能と信じております。
アイザック様。数々の無礼を、お許しください》
そんな内容が、記されていた。
((………………………………ぁ。これ、無理ですわ。騙せんわ……))
読み終えた瞬間――厳密には読んでいる最中に、悟りました。
テオ様はニュアンスだけではなく、具体的な指摘と数値を出せる。
『は』と『の』はともかくとして、0・4グラムって……。0・4って……! こんなの、何をやっても騙しきれない。
((認めたくない、けれど……。認めるしかない……))
わたくしの作戦は……。失敗、ですわ……。
((だ、だけど……っ。だけど! まだ2つ、残っていますわっ))
だから、大丈夫。これは、ほんのちょっと、予定が狂っただけ。
「テオ様は見事な眼の持ち主でございます。よろしければ今後、『特別顧問』としてお力をお貸しいただけませんでしょうか……っ?」
「アイザック殿は、その勧誘の目的も兼ねていらっしゃったのだよ。テオ殿、いかがかな?」
「非常に光栄なお話ですが、この眼はジュリエット限定のものですので。到底御力にはなれませんよ」
頭の中を整理しているとこんな会話が始まったり、
「マイリス。君の発言には、多々不自然な点がある。しかるべき場所で、しっかりと話を聞く必要がありそうだな」
「ぁ、ぁぁぁ……。ち、ちが……。ランティズさま、ちがいます……っ。ワタシは、なにも、していません……っ。はっ、離して……っ。離してくださぃぃぃぃぃぃ……!」
ランティズ様の関係者によってマイリスが連行されたりしているけど、そんなものはどうでもいい。
((マイリス。わたくしの分まで罪をかぶって、どうもありがとう。さようなら))
心でお礼を言いながら役立たずの駒を見送り、今日の夜会は終了。テオ様への感謝の言葉を繰り返し嬉し涙を浮かべたお姉様と共に家に帰り、部屋に入ると次の作戦に向けた思案を始めたのでした。
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