キャーッと道場の奥から悲鳴が聞こえた

キャーッと道場の奥から悲鳴が聞こえた。腰まで届く黒髪を揺らしながら弟子らしき女が駆け付けた。漆黒の胴衣に名前が刺繍してある。

エテュセという名のダークエルフだ。

「ジョセフソン先生!」

彼女は傍らにしゃがみこんでぶつぶつと呪文を唱え始めた。藩士の傷口にカラフルな魔法陣がいくつも花開く。

「手伝おうか?」

リチャードが矢を抜こうとすると、電光石火の早業で三和土に投げ飛ばされた。

「余計な事をしないでッ!」

黒エルフの女は概して性格がキツイ。リチャードが手を下すまでもなく、てきぱきと応急手当を進めていく。

そして、西の空が赤く染まるころ、道場がすすり泣きで満たされた。

トホホギスの治安は王立親衛隊付属憲兵が担っている。通りで伸びていたところをリチャードは殺人容疑で現行犯逮捕され、憲兵哨へ連行された。エテュセが第一発見者として真っ先に聴取されたさい、とっさのひとことで逃れたのだ。知らない男がフラッと道場に訪れた、と。

リチャードにしてみればとばっちりである。平定戦争の後遺症として魔道王国テクセルとトホホギスが放った召喚魔族が野生化している。孤児院を出てから、それらの討伐で細々と功績をあげ、私設自警団パーセル——トホホギス近郊の中規模駆除業者だ——の正規ハンター見習いとして出世コースに乗ったものの、試用期間満了で放り出されたリチャードにしてみれば、踏んだり蹴ったりだ。

「畜生!ド畜生ぉぉぉ!!」

彼は薄暗い独房の隅で石畳を濡らした。

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