「パエージャン、悪魔やめるってよ」~死神の仕事に疑問を持ち、自分の手で魂を救うために戦う元冥府のエージェントが、悪魔に立ち向かう!

水原麻以

前編

「先輩、悪魔やめるってよ」


魔方陣から息せき切って転がり出たのは使い魔のガルグレーだ。相変わらずの礼儀知らずで言葉づかいも悪い。もっともこんな無礼者に育った理由は私の責任でもある。

人の世が末に近づくにつれ悪事がはびこり、ろくでもない死に方をする者が増えてきた。不幸な魂を分別し有効活用する。それが死神の仕事だ。

商売繫盛で嬉しい悲鳴をあげたいところだが処理しきれない魂は同業者に横取りされる。

やむを得ずガルグレーを急造した。粗雑なつくりは仕方ない。


「パエージャンが危篤だというのかね?あの地獄龍のブレスで暖を取る不死身の男がかね?」

耳を疑うとガルグレーが不服そうな顔をする。可愛げのないコウモリだ。

「あっしが嘘をついてるとでも?」


拗ねるとなだめすかすのが大変だ。彼にはもうひと踏ん張りして貰わねばならぬ。この後アゼルバイジャンで五百人ほどが爆死する。一人と一匹で手に余る分量なのだ。

「わかったわかった。君が息せき切って知らせに来るからには間違いないのだろう。よく教えてくれた」

途端にコウモリは目を細める。胸毛を撫でてやると満足そうに身をよじる。愛いやつだ。


「パエージャンのやつ、黒曜石より暗いツラしてましたぜ。死がよっぽど怖いらしくて…」

そりゃそうだろう。輪廻転生を扱う稼業は自ずとシステムに組み込まれている。下級悪魔の平均寿命は三百年ほどだ。

私はチロチロと揺れる鬼火を祭壇から救い、ガルグレーに授けてやった。


「すまんが君。それを持って奴を見舞ってやってくれんか。手当は別途はずむ」

「今から?」

「今すぐだ。クソネズミの極上腐肉3キンタルでどうだ?」

コウモリはちらっと生贄台を睨み値上げ交渉を始めた。


「割に合わないね。見たところ8キンタルほど盛ってあるようだが」

「わかったわかった。根こそぎ持っていけ。それでパエージャンの胸中が知れるなら安い買物だ」

言い終えぬうちにガルグレーは雲散霧消した。本当に好かん奴だ。


◇ ◇ ◇


使い魔が持ち帰った情報を総合するとパエージャンは四面楚歌で背水の陣を敷いている。閻魔庁は来たるべき冥府崩壊に備えて手じまいを始めているらしく悪魔に性急かつ露骨なノルマを課している。脱落しかけている者には苛烈な追求と残酷な制裁が示唆されておりパエージャンも必死に魂を蒐集している。

目標達成のあかつきには素晴らしい来世が待っている。

「うせやろ?」

よせばいいのにガルグレーは訊いた。パエージャンは不貞寝しつつも上体をガバと起こし声高に否定した。そんな元気が残っているのなら死人の一人でも狩ればよいのに。


「冥府閻魔庁が脈絡なく魂を収集する理由が他に見当たらぬ。奴の焦りは本物だ」


私は約束通りクソネズミの極上腐肉8キンタルと骨の髄まで傷んだカトブレパス11キンタルを投げ与えた。


鬱陶しい使い魔が巣に戻ったあと私はトントンと書類を揃えた。うら若き乙女の鮮血を署名用インクボトルに詰めギャガギャガ人の肌をなめした外套を羽織る。

「パエージャン。ペン先を洗って待っていろよ」

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