ブラックホール爆誕前夜
化学塔の避雷針にブルームーンが刺さっている。凛と晴れて透明な星明り。放射冷却が山門の良心を苛んでいる。自問自答が宿舎の窓ガラスを震わせている。
「畜生!いいじゃねえか!よくねえよ馬鹿」
ランキング百位に彼の連載が食い込んだ。ブックマークと評価の伸びは上場。マルコフの犬が奏功して談合疑惑の雲間から正義が山門を照らしたのだ。それでも心は晴れない。不正者とは言え他人の足を引っ張った結果だ。成功とはいえず素直に喜べない。反面さらなる高望みが芽生えた。野心は簡単に善人を惑わす。「駄目だ駄目だ駄目だ!まだ何かが決定的に足りない」
彼は深夜にも関わらず内線番号を押した。
「そう来ると思ったよ!」
電話口の松戸菜園は明朗快活であった。何かの術中に嵌っていると山門は自覚した。「手段と目的を取り違えている。自分でもそう思ってます…でも!」
言い淀むと博士はふぅんと唸った。
「君が小説を書き始めた頃から脚本を練っていた。マルコフの犬はブラックホールの自閉をこじ開ける道具なんだよ。咎人になる覚悟はあるか?」
一転して会話が緊迫する。
「か、覚悟とは?」
これから始める惨劇と地上に災禍を招く背徳を思うと山門は前立腺をすくませた。
「ノベリティを犬に観測させていた。運営会社は内部留保を取り崩してサーバー増強を急いでいる。投稿と閲覧の爆増は広告収入につながるからな。だが欲目は脅威を曇らせる」
博士が何をやろうとしているか山門は感づいた。
「帯電したブラックホール重力場の複素数ヒルベルト空間における数うちゃ当たる的運命矢と多変量的ベクトル…ですか?」
ゴクリと唾を呑む。彼でなく受話器から聞こえた。
「そうだ…必要以上に情報を内部に溜め込んだノベリティは抽象的な、形成途中のブラックホールと見做せる。飽和状態にある。そして我々はもう運命的な矢を数撃った。あとはサーバーを『概念的に』外界から閉ざしブラックホールの体裁を整える。だがまだ決定打が足りない…」
誘われて山門の倫理観がうずうずと疼いた。「不正を働けというのですか。私にクラスタを率いろと」
満員電車よりも息苦しい逡巡。
「そうだ。底辺作家と自嘲する輩に声をかけろ。総合ランキングの夢をかなえてやると」
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