第四話

 「そういえば、うわさで聞いたんだけど」

ランチ後に、コーヒーを飲みながら三人でおしゃべりしている時に、安藤さんが言った。

三人というのは、安藤さんと田中さんと私。

名前でいじられたという過去から親近感がわいて、時おり集まってしゃべることがあるのだ。

 

 「うわさ?」田中さんがたずねる。

「うん。大和さんが異動になったのって、上皇に対して失言したからって」

「ああ。それ、ほんとっぽいよ」

田中さんが答える。

「なんでも上皇から書類の間違いを指摘されたときに『ああそうですか』と、それもつっけんどんに言ったらしい。安田がたまたま近くにいて聞こえたらしいんだけど。間違いの内容までは聞こえなかったらしいけどね。(やっちまってるやん!)と思ったってさ。もちろん『至急作り直します』とフォロー言ってたらしいけど、時すでに遅し」

 

 「うわあ。上皇に言っちゃってたか」

安藤さんが(あ~あ)という表情で天井を見上げる。

「あの。上皇って?」

話がわからなかった私は二人にたずねた。

 

 「あ。立花さんは知らないんだっけ?ウチに来て何年?」

安藤さんが聞いてきた。

「今年で三年目です」

「そっか。あれは何年前だったっけ?田中さん」

「ずいぶんたつよな~。五年……いやもっとか?前にいたんだよ。あれは『ありがとうございます』だったかな」

 

 「そうそう。お客様との電話のときに『あざーす』って言っちゃってね」

「翌月にさっそく資材部に配置換え」

「ふだんは大らかな部長なんだけど、礼儀や言葉遣いにはすごく厳しくてね」

「……なんだかすごいですね」

「まあね。でも営業部って特に、お客様と直に接するでしょう?だから、いついかなる場所でも相手でも、丁寧な物腰と言葉遣いができるよう心がけること、という方針だからね。厳しいくらいで当たり前とも思うわ」

「確かにそうですよね。あれ?でもなぜ上皇?天皇じゃなく?」

「天皇は、別にいるのよ。A市の支社の営業部長。ここの部長の弟さんね。そちらも同じく礼儀と言葉遣いに厳しくて。だから上皇と天皇……とこっそり呼ばせてもらってるの。もちろん内緒よ」

「はあ。でも関白とか、ボスとかにはならなかったんですか?」

「部長の苗字、白川でしょ。歴史上の人物とは、字が違うけどね」

「……なるほど」

 

 

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