第三話
俺の名前は『
苗字の大和も名前の昴も、それぞれ気にいっているし、両親がつけてくれたいい名前だとも思っている。
ただ、フルネームで呼ばれたときの居心地の悪さには、いつまでたっても慣れない。
病院の受付で、フルネームで呼ばれた時なんか(え?なんかかっこいい。芸能人ぽい名前……どんな人?)という期待に満ちた空気が流れ、俺が受付にむかうと空気が一転、落胆に変わる。
学生時代は何度『名前負けしてる』と陰口をたたかれていたかわからない。
そして、そう、あの時だ。
二月のある日、会社でトイレに行こうとしていた時にたまたま聞こえた、給湯室にいた女性社員たちが交わしていた会話。
「ねえねえ。営業に大和さんって、いるでしょ」
「あ~いるいる」
「なんかさ。今月の成績も、また二位なんだって」
「へえ。入社してずっとそんな感じでしょ?見かけによらず」
「見かけと言えば、大和さんの名前知ってる?」
「知らないけど。
「それがさ、昴って名前だって」
「え~。あの見かけで?名前がもったいない」
「だよね。お星さまどころか、鬼瓦みたいなご面相なのにね」
ほっといてくれ。
なりたくてこんな顔に、生まれたわけじゃない。
というより、俺の顔だの名前だのを馬鹿にするということは、俺の両親を馬鹿にしてると同じことなんだぞ。
内心むかつきながらデスクに戻ると、部長が俺を呼んだ。
「はい」部長のデスクに近づく。
「大和君。先日きみが出してくれた資料だが、日づけが一か所、全角ではなく半角になっていたぞ」
(はあ?日づけは全角って、誰が決めたんだ?資料のデータの数字が、間違っていたならともかく)
どうでもいいと思える指摘にイラっとし、それでなくてもムカついていた俺は、日ごろはしない失言をしてしまった。
「ああ。そうですか」
言った途端、ヤバイ!と思いあわてて続けた。
「申し訳ありません。至急作り直します」
「いや。構わないよ。きみも忙しいだろうしね」
そういって、部長は手をひらひらと俺に向かって振り『席に戻っていいよ』と言った。
そうしてひと月ちょっと。
年度替わりとともに、俺はこの支社に異動となった。
もちろん表向きは、このところ営業不振となっているA市支社営業部へのテコ入れだが、実際のところ、あの時の俺の失言がなかったらこの異動もなかったはずだ。
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