裏の顔


 そもそもどうして、カナンをダシにしてまでソラナとの誘いを断った俺がこんなところにいるのか。

 こんな、雰囲気の良いバーという隠れ蓑を被った、暗殺依頼に違法薬物の取引まで、なんでもござれな裏社会の情報屋兼仲介業者の女の懐に潜り込んでいるのかと言えばだ。

 なんてことはない、俺がその裏社会の薄汚い殺し屋をやっているってだけだ。


 姿が見えない殺し屋《ファントム》。代々我が家に続いている家業を継いだ俺は、学生生活を送る傍ら、裏では何人もの人間を殺している。

 皆には絶対知られたくはない、俺の裏の顔だ。


「今日は昨日の仕事の報酬受け取りだよ。しっかり支払いはされてるよな?」

「もちろん。渋ったら今度は自分の番だからね――はい、どうぞ」


 アルマの端末からコードが伸び、俺の端末へと接続され仮想通貨が譲渡される。


「それにしてもキミも物好きだねぇ。今時わざわざ店に来てやりとりするんだから」

「こっちの用件でVRを使いたくないだけだ。あと情報収集もある……お前ならなにかしら仕入れてるだろうからな」

「ふっふーん。優我君に頼って貰えるなんて、お姉さん嬉しいなぁ」


 気をよくしたらしいアルマはその巨大な胸を張って笑う。ソラナよりデカいそれは目のやり場を減らすから困る。


「確かにいろいろ噂話はあるけれどー……でもその前に、お姉さんとお話ししようか」

「なんでだよ、さっさと本題入れ。お前他の奴相手なら淡々と話進めるだろうが」


 前に来たとき、他の同業者がいたことがあるから知っている。本来のコイツは思わせぶりな態度をしておいて飄々と話を進めるタイプだ。

 俺の時だけ、こうやって絡んでくる。


「だって好みど真ん中の男の子だよ、そりゃ私情で話したくもなっちゃうって。も~冷たいなぁ。私のことそんなに嫌い?」

「仕事中に私情を持ち込むなよ……別にお前のことは嫌いってわけじゃないさ。油断ならないってだけで」

「ツンデレだねぇ、そういうのも好きだよアタシ」

「うっさい」


 ただでさえこの女はやり手の情報屋だ。数回の会話でどんなことを悟られるかわかったもんじゃない。

 それくらいには、俺はアルマのことを買っているし警戒もしている。

 付け加えて――


「……ねぇ、ホントにお姉さんとくっついちゃわない? 優我君好みすぎるんだけど」

「だから私情を挟むなと……可愛い可愛い彼女がいるから無理だな。お前と話すのも悪いかなと思ってる位なんだ」

「やれやれそこまでだなんて……優我君は彼女さんにぞっこんだねぇ」


 アルマには俺に恋人がいてどんな娘なのかも知られている。過去の会話の中から悟られて、その上軽く調べられたからだ。


 アルマは知ったとしても手は出さない。

 ソラナに危害が及ぶことは無いだろうが、そんな理由もあってアルマとの会話は気を張る物になっている。

 もちろん深く詮索されないように釘を刺しているが。

 表の世界で生きるソラナや大輝たちは、こんな世界には関わらない方が良いから。


「優我君はいろいろと落ち着きがないというか、危なっかしいからねぇ。今日高二の始業式だったんでしょ? そんな日の前日に仕事入れちゃダメでしょ」

「ぐっ……仕方ないだろ、忘れてたんだから」

「忘れててもカナンちゃんと擦り合わせれば問題ないでしょ……どうせ遅刻ギリギリだったんでしょ?」


 遅刻ギリギリまで当てられてぐうの音も出ない。もしかしてそんなことまで調べてたんじゃ無いのか?

 実際、勝手に仕事を入れてきてわりとギリギリになってからカナンに報告したら、春休み最終日と被っててこっぴどく怒られたんだよな。


 とはいえもうキャンセルも出来ないところまで来ていたから、必死になって課題と準備と仕事をこなした昨日は疲れた……。

 というかなんでアルマが俺の学校の日程を知ってるんだよ。


「でもしっかり仕事は完遂してるしね。ひいらぎグループの会長なんて警戒心高いことで有名なのにねぇ」

「さすがに会談中の料亭じゃ警戒のしようもないだろう……そう難しい仕事じゃなかった」

「その料亭、わるーいお話にもよく使われてるから警備も硬いんだけどね……」

「所詮は料亭レベル。そのわるーいお話まっただ中だったから、注意がそっちにいってやりやすかったよ」

「黒い噂多かったからねぇ、あそこの会長」


 政治家との癒着は当たり前、どの取引先にもあくどいことをやって、複数の企業と纏まってボロ儲けしていたらしいからなぁ……。

 この頃、フルダイブ技術の発展とともに全体的な技術が進歩した影響で企業も爆増した。

 社会における重要な人物や要人も、それに伴って増えた。


 そして当然、中にはあくどいことをする連中や目立ちすぎたり邪魔になったりする人間が出てくる。

 結果、かつてないほど殺しの依頼が頻発していると言っても過言じゃない。


「裏社会はどこも人手不足だって言われてるねぇ」

「こんな稼業継いでやってる俺が言えた義理じゃないが、世も末だろ」

「子供に言われちゃそうだろうねぇ……ま、そのおかげでアタシたちは仕事に困らないわけだけどさ。ほらこれ」

「なんだよ?」


 アルマは弄っていたホログラムウィンドウをこちらに向けて、その項目を拡大した。


「新しい依頼。今日入ってきたほやほやの新件だよ」

「昨日の今日でかよ……本当に世も末だな」


 次から次へと要人が殺される国なんて嫌だな。将来はどこか長閑な国に逃亡でもしてしまおうか。

 将来の国を担う青少年の一人として見ると恐怖しか感じない。


「どうする? まだ他の同業者さんには振ってないけど」

「受ける理由も無えな。今受け取った分があるから金はあるし」


 正直必要以上に殺しの仕事を受ける気もない。

 護衛やら手が汚れない仕事なら構わないが、正直殺しってのはいつまで経っても慣れないし、あまりやりたいとも思えない。

 だからそれほど積極的に受ける気もないんだが……


「でもねぇ、できれば同じところに任せたいって感じなんだよね。仕事ぶりから評価されたのか、もともと《幻》を知ってて、この機会に縁を作っておきたいのか……それはわからないけどね」

「なるほど……ターゲットは?」

「これ」


 アルマが端末を操作すると、ホログラムに恰幅の良い男が映し出された。

 悪人面というわけでもなく、受ける印象は“普通”という男だ。


織家おりや一道かずみち。柊グループと一緒になってあくどいことやってた会社の社長だよ」

「なるほどねぇ……今までさんざんやられた企業による一斉報復ってところか?」

「依頼主はわからないけどねぇ、それとなく調べてはいるけど、依頼主についての詮索はタブーだから難航中。そっちも気になるけど、この織家もなかなか警戒心強いらしくてさ。特に昨日の晩から」


 昨日の晩……ということは。


「柊か」

「ご名答。胡麻すってた柊グループの会長がやられて、怖かったのかも知れないけど、ホントの所はわからない。こっちも調査中だよ」

「お前がまだ調べてるなんて珍しいな。いつもならすぐに裏までつけてくるのに」


 アルマは入った依頼のターゲットを調べ、その情報をチラつかせることで情報料を殺し屋側からも巻き上げる。

 腕のいいアルマの情報は精度が高くて、殺し屋側からすればありがたい限りなんだが。


「言ったでしょ、警戒心強いって。なかなか苦労してるよ。まあでも、アタシとしては受けるのはオススメしないなー」

「……? なんでだよ」

「まず警戒心が強すぎる。裏で何かがあるかもしれない。アタシの知らないところでね。それに連続での仕事も負担が大きいでしょ? 二つ目にアタシが裏を洗い切れてない。依頼者も、ターゲットもね」


 ……確かに、不確定要素が多い。

 こういった裏の仕事の注意点は、不確定要素を無くすことだ。

 正直この案件は、受けるべきではないとも言える。

 だが――


「なあ、この依頼。なにかあると思うか?」

「……少なくとも、裏社会こっちに頼んでくる以上何もないです、はないでしょ。ありふれたものだと思うけど」

「……そうか」

「優我君、まさか」

「受ける方向で考える。ターゲットから依頼者から、なんでもいいから調べといてくれ」


 何に怯えているのか、なにか俺の知らない大きな何かが動いているのか。俺の目的はそれを知ることだ。

 不確定要素。それこそが今の俺の目的には必要だ。


「……優我君の求めてるものじゃないかもよ?」

「仕方ない、蛇の道は蛇ってことで俺はこの業界にいるんだ。それでも欲しい情報は入ってこない。なら無茶してでも探すしか無いだろ」

「……わかったわ。出来る限りやっておくけど、あんまり期待しないでね。今回はちょっと難しそうだから」

「お前が無理なら他の業者でも無理だろうよ」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。じゃあアタシも頑張らないと」


 やれやれといった様子で、アルマは手続きを進めていく。


「無茶はしないようにね~? 優我君に何かあったらアタシ、日本の社会混乱させちゃうからね」

「できないって言い切れないのが恐ろしいな……」


 そんなことを言い合いながら、アルマは手続きを、俺は出されたグラスを空にしていった。



*****



「ねぇ、ご両親のこと、、まだなにもわからないの?」


 帰り際、アルマがカウンターに寄りかかったまま話しかけてきた。


「お前の方がよくわかるだろ。お前に依頼してんだから」

「どこに行ったんだろうねぇ。探し始めてから随分経つけど、全然見つからない。――もういない、ってことは……」

「……あるかもしれない。が、ないとも言い切れない」

「でも、あるかもしれないんでしょ。しかもこの業界、むしろそっちの可能性の方が高い。もしそうだったら、優我君がこの仕事を続ける理由も」

「いいんだよ、俺の選んだ道だ。それはそれでな……下調べ、よろしくな」


 まだなにか言いたそうだったアルマの言葉を遮って、俺は店を出た。

 暗い空を見上げると、建物の隙間から見えるビル群が明るく光を放っていた。


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