わすれな草

「どうしてあたしを無視したの?」

チェルシアの瞳は燃えていた。少年の遺影が暖炉に焼け崩れ灰になる。

「どうして? 貴方のどんなつまらない話にも下らない自慢にもちゃんと耳を傾けてあげた」

すると、ドンドンと窓が揺れた。閉太だ。翼竜に跨って体当たりを試みる。しかチェルシアの心は夜の闇より奥深い。魔導ガラスはびくともしない。

”チェルシア。俺が悪かった”

震える背中には届かない。外の様子も伺えない。

「あたしは貴方に心を開いたのに…」

だが彼には見える。彼女の口パクが。

”俺は知らなかったんだ。本当だ”

彼女は思い出を壁に映す。カフェテリア、体育館、並木道。

「貴方が憎いわけじゃないの。一緒に暮らそうって言わなかったからでもないの」

”結婚も悪くない。ただ身分をもっと固めたかった”

聞こえる筈のない弁明を彼女は却下した。乱れ髪を左右に振る。しずくが飛ぶ。

「最初に出会った日を覚えている? だからあたしはスコートのポケットにこれを入れておいたの」

チェルシアは四つ折りの紙片を取り出した。思いの丈を綴った恋物語だ。閉太はポッと顔を赤らめた。彼女は気にも留めず独演を続ける。

「機会をあげたのに貴方は逃した」

閉太の中で何かが砕けた。「もうやめてくれ!」

翼竜を駆り玄関先へ回る。そして火炎放射を命じた。

焼け崩れる柱を避けて令嬢の部屋に回る。そのまま攫ってしまえ。

「僕が悪かった。唆されて君に出会ったけど本当に好きになったんだ。ただ弱い自分を変えたくてべリズムを利用した!」

令嬢が翼竜の脚にしがみつく。

「判っているわ。ハルコーネ。だからもう一度最初から恋をしましょう」

チェルシアの部屋から強力な力場が沸き上がった。そして翼竜を捕えて紅蓮に引きずり込んでいく。「わあっ。チェルシア。やめろ。わあっ」


爆発炎上する館を漆黒の魔導士が冷ややかに見守っていた。

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