第28話 これでまるっと収まった……? 3
次に気が付いたとき。猫山美也子は、闇の中にいると気が付きました。
そして、妙に頭の下が柔らかく感じました。
(……なによこれ、お母さんに膝枕してもらっているみたいじゃない……)
とぼんやりした頭で思ったときです。
「……美也子様、起きてください。美也子様……」
遠くから、そんな呼び声がしました。
そこで、自分は目を閉じているのだと気がつき、目を開けると。
そこには、もはやすっかりおなじみとなった、銀髪の美少女がいました。
異星人のお姫様、トレアリィです。
「え」
そこで美也子は気が付きました。自分がどんな体勢でいるか。
「なんで、なんであんたが膝枕しているわけ!?」
美也子は、遅刻に気が付いたときのように飛び起きました。
周りを見渡すと、薄暗い部屋の中、トレアリィ、幼馴染の天河銀河、トレアリィのメイドのディディ、自称異星人のプリシアを名乗る天宮家のお嬢様綾音と、その友人達が自分を見守っていました。それは赤ん坊が生まれた時のような光景でした。
「なっ、なによあんた達笑って!?」
「いや、無事でよかったよ。転送したときミャーコが倒れて。心配したよ」
「転送酔いは慣れないと結構来るやんすけど、ここまで弱いとは思わなかったでやんす。帰ったらレポートしておかないとやんすね」
「ディディ! あたしをモルモットか何かと思ってんの!?」
顔を真っ赤にして怒鳴った美也子でしたが、続けて気になることを問いかけます。
「あれからどうなったの!? あたし達、どうなったの!?」
「外をご覧なさい」」
綾音に言われて、美也子は立ち上がりました。
部屋は薄暗く、電気が消えていましたが、外は妙に明るいという状態です。
まるで朝の部屋のように。
「……?」
美也子は怪訝に思いながら、窓に近づき、外を見ました。
するとどうでしょうか。美也子にとって、信じられない光景が広がっていました。
外は、いつも見慣れている静かな住宅街のそれではありませんでした。
体育館を縦横に広げたような空間には、灰色の天井や壁にはパイプがいくつも走っており、高い天井には何らかのラックが設置されていました。
そして、家の周りには美也子が見たこともない形の、戦闘機のような、船のような形のマシンが、いくつも並べられていました。
「ここ、どこ……」
美也子は、窓から離れ振り向くと、呆然、という表現がぴったりの声で綾音に質問しました。
「ここは」
綾音は窓に近づくと、抑揚のない声で語り始めました。
「ザウエニア皇国<レグロス>級可変宇宙戦闘空母<シャルンゼナウ>の中よ。アキト様と私は、これに乗って地球までやってきたのです」
「レグロス級……。シャルンゼナウ……」
美也子は何もかもわからず、とりあえずつぶやきました。
理解できないという風に、美也子は問いを続けます。
「でも、こんなもの、地球のどこに隠しておけるというのよ……」
「海の中よ。しかも大陸棚よりも深いところ。さらに遮蔽やアクティブステルスもかけてあるから、地球のテクノロジー程度では、今まで見つけられなかったのよ」
「海の中!? ここ、海の中なんですか!? 水圧は!?」
「情報改変で支えているから大丈夫よ」
「なんてでたらめな……」
美也子は異世界に飛ばされた人間が見せるような表情のまま、首を横に振りました。
そこに、複数の足音が部屋の外から聞こえてきました。
綾音とトレアリィが、緊張した表情で入り口を見ると、そこに現れたのは。
アキトのスードロイド、壮健な格闘家の風貌のモンク。
同じくスードロイドの、小柄な少年の格好をしたローグ、の二人でした。
「よお、元気だったか? ちょっと家から出て、艦の中に入ってもらう」
そこで、トレアリィは気になっていた質問をぶつけました。
上に行ってから見かけていない、母親ペリー王妃のことです。
「お母様は……」
「おう。ちょっとふざけたようで、マスターが眠らせたが今は起きてるぜ。先にマスター達が連れて行った」
そこで彼女の表情が、少し険しくなりました。
「命に別状はないのですね?」
「ああ、ぴんぴんしてるよ。起きたときに、このお返しは必ずいたしますからね、と怖いこと言ってたぜ」
「……」
そこでトレアリィはアキトが母親に何をしたか察しましたが、あえてそれには触れず、
「わかりました。無事ならよいのです。無事なら」
そう言って一つモンクを睨みました。
睨みつけられ、モンクは相棒のローグを見ると、おどけた顔で、
「おお怖え。さすがはグライス人のお姫様ってところだ」
「ですねー」
肩をすくめて言いあうと、さあ、行きましょう。お姫様方。とみんなを促しました。
その乱暴な命令に、皆は顔を見合わせました。
が、従わない理由も特にないので、皆は無言のまま、部屋を出てゆきました。
玄関にたどり着くころ、美也子は違和感に気が付きました。
「少し傾いてない?」
「転送の時に強引に地面を切り取ったのと、艦自体が傾いているからなぁ」
先頭を行くモンクが答えました。
「さて、出ましょうかお姫様方。お車がお待ちです」
「お待ちですよー」
そう言いながら大げさにお辞儀をして、モンクとローグのスードロイドは出ていきました。
美也子は彼らの姿が見えなくなった後、舌を出して小さな声で憤ります。
「なによあいつら! まったく失礼な奴らね!」
「まあそんなに怒るな、ミャーコ」
銀河は、なだめるように言いました。
「あれも僕だと思えば、腹は立たないだろう」
「そんなこともう思えないわよ」
靴を履きながら美也子は言いました。床をかかとで強く叩きます。
「銀河とあいつらが別人と分かった以上は」
「まあな」
そう言うと銀河も、通学時に履く黒革の靴を履いて外に出ました。
ここは、格納庫でした。
見た目はどこかの室内展示場のようにも思えます。天井がちょっと低い東京ビッグサイトか幕張メッセか。それらをさらに縦に長くした様な感じです。
そこにずらりと並んだマシン。
戦闘機よりも大きなそれの周りには、人間が社会性の昆虫のように動き回っていました。
否。それは人間ではありませんでした。よく見れば人型の機械です。
ほかにも、人型ではないロボットが何台も、蟻のように動き回っていました。
ここでは、マシンの整備を機械が行っているのです。
「車が来てるぜぇ」
家の門の向こうで、モンクのスードロイドが呼んでいます。
外を見ると、そこには一台の白いバンタイプに似た感じの自動車が、二台止まっていました。
地球のものとは違う、異星の存在がデザインしたような車です。
「ここにいてもしょうがないし、乗りましょうか」
「ええ……」
プリシア姫は美也子にそう言葉を交わし、侍女達とともに先頭に立って歩いて行きました。
家を出る時、銀河は不安げな表情で振り返りました。
家は所々傷や穴がついており、痛いと泣いているような気さえしました。
「家、ここに置いといていいのかなあ……」
「あとでアキト……、様に返してもらいましょうよ。わたくしから強くお願いしておくわ」
「そ、そうだね……」
「あたしはちょっと信用ならないけどね……」
銀河とトレアリィ、美也子がそう言い合うと、プリシア達の後をついて行きました。
銀河、トレアリィ姫、美也子、プリシア姫、ディディの五人は前の車に、サンナ達プリシアの侍女達は、後ろの車に乗り込み、家を離れました。
車は音もなく走り出しました。
美也子は、何かに感づき、綾音に学校の授業の時のように尋ねました。
「これ電気自動車? エンジン音ないけど? それに、人が運転していないわよ?」
「ああ、これは術力駆動の無人自動車よ。ザウエニアやリブリティアでは、地球でいう数百年前からあるポピュラーなものなんです」
「すうひゃくねんまえ!? そんなに!?」
「その頃にはもうあっしらは恒星間植民を開始していたでやんすからね。あっしらグライスの場合、ナノマシンによる超電導駆動になりやすが、似たような感じでやんすね」
そう会話する間にも、車は格納庫にあった出口を出ると、二車線の道路に出ました。
「この船、車で移動するのね……」
「全長が地球の長さで約一六〇〇メートル以上ありますからね。こういった艦の中には、短いながらも鉄道も敷かれているものもあるんですよ」
「へぇー」
美也子は舌を巻きました。その声は、魔法の生き物を見た時のような声です。
会話を交わす間に、車は百貨店等で見かけるような、大きなエレベータの前に到着しました。
銀河達は車から降り、エレベータに乗り込むと、かなりのスピードで上昇し、あっという間に終着点に到達しました。
エレベータから降りたその先、そこは、ちょっと薄暗い、かなり大きな部屋でした。 エレベータから降りたその先、そこは、ちょっと薄暗い、かなり大きな部屋でした。
目の前には、巨大なスクリーンがいくつか設置され、その後ろには、いくつもの席とコンソールが置かれていました。
その部屋はTVなどでよく見る、NASAやJAXAの管制室に似た感じにも思えます。
「ここは……」
「<シャルンゼナウ>の作戦指揮所だよ」
近くから声が飛んできたので、銀河がそちらを見ると、そこにはアキトとペリー王妃、それに数名のアンドロイドが銃を持って立っていました。
「お母様……! ご無事でしたか!」
トレアリィが母親を見るなり、ほっとした表情で抱き着きました。
「大丈夫よトレアリィ。ちょっと痛かったけどね」
「母子の感動の再会を邪魔して悪いが」
アキトは、すこしきつめの声色で言いました。
「これより艦を発進させる。ちょっと揺れるかもしれないがそこのところは勘弁してくれ。プリシア。侍女達を自艦へと転送させろ」
「というわけで」
綾音は、お使いを頼む母親のような声で言いました。
「みんな、行ってきてね」
「はあーい」
プリシアの侍女達はそう返事をすると、青い光の術法陣に包まれ、その場から消えました。
その忠犬らしさにアキトが満足したとき、<シャルンゼナウ>作戦指揮所の一番後ろの席──艦長席から、命令が響きました。
滑らかな合成音声です。彼もまた、アンドロイドなのでした。
「艦内各部最終チェック終了したか」
「航宙確認。航宙準備よし」
「機関確認。機関準備よし」
「砲術確認。砲術準備よし」
「宙雷確認。宙雷準備よし」
「艦載確認。艦載準備よし」
「よし、行くぞ」
各アンドロイドの報告を聞き、艦長は命じました。
「機関本格始動」
「機関本格始動。術式融合エンジン作動良好」
「重力スラスタ作動。傾斜復元、船体起こせ」
その命令とともに、足元から軽い振動がして、傾いていた床が水平に戻っていくのを、銀河は感じました。
「傾斜復元終了しました」
「よし、征こう。<シャルンゼナウ>発進」
アキトのその言葉は、意外にも、どことなく力の抜けたソーダのようにも思えました。
しかしそれに反して、足元下から響く振動はさらに大きくなり、ごすん、という揺れがしたかと思うと、電車が動き出すような感覚に襲われました。艦が動き出したのです。
先ほどは、右から左へと傾いているような感じでしたが、今度は前から後ろへと傾いているような感覚です。
「これって……」
「海中を上昇しているのさ。海から出たら、空へと上がるぞ」
アキトは楽し気な表情で笑いました。それから少しまじめな声色になって、警告しました。
「海を出たら敵の攻撃があるからな。気を付けたほうがいい」
「敵?」
「わたくし達のことです」トレアリィが言いました。「この星の衛星付近に待機している艦隊よ」
「戦いは避けられないってことか……」
銀河は、息を飲み込みました。そして目の前の大きなモニタをまっすぐに見つめます。
「海面まで五〇」
合成音声が艦内に響き渡りました。
「さあ、上がるぞ。まったく、期待してしまうよ」
そう言って、アキトは笑いを大きくしました。
それに対し銀河は、それどころじゃないだろ、という顔で彼を見つめるのでした。
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