第26話 これでまるっと収まった……? 1


 少し前へと、物語の時間を戻します。

 銀河と美也子、それにトレアリィが、修羅場を演じていた頃のことです。

 下のリビングでは、アキトコアルとプリシア、グライスのペリー王妃、それにプリシアの侍女達が、椅子に座ったり立ったりして、それぞれ何かを待っていました。

 外はすっかり暗くなり、家の明かりや街灯などが、夜に包まれた街を照らしています。

「アキト皇子。迎撃は行わなくても良いのですか?」

 ペリー王妃が微笑みながら尋ねました。どこか意地悪な継母のような顔で。

「わたくし達の特殊部隊など、上陸艇が大気圏突入している間に撃墜すればよろしいのに」

「さすがは戦闘民族グライス人。容赦がないね」

 アキトは笑いながら返しました。

 彼は、ポーカーでいいカードを持っているというような、笑みを浮かべていました。

「しかし私はそんな野蛮なことは行わない。もっとエレガントに事を運びたいのだ。それに」

「もう既に、上陸艇は到着していますわよ〜」

 サンナが相変わらずおっとりとした声で答えました。

 その声は、妻が夫に、食事ができたと告げるような声でした。

「天河家周辺に、特殊部隊が遮蔽をかけつつ展開中ですわよ〜」

「おう、なら早くやっちゃおうゼー! アキト皇子ー!」

 リュノンが、袖をまくりながら言いました。

 彼女の顔は、祭りを目前にした喧嘩っ早い神輿担ぎのそれです。

「こちらにも戦力は揃ってるんだ。相手も現地人を巻き込むのは良くないと思っているだろうし、防御重点で行けばかなり耐えられるよねー?」

「いや、ここには長くいない」

 アキトはリュノンを諌めるような口調で言いました。

「ナンデ?」彼女は星の皇子様の言葉に首をひねります。「ここに長くいないッテ?」

「エレガントにといっただろう。この家を艦の中に転送して、すぐに地球を出る」

 その言葉に、リュノンは小躍りしました。

「やった、宇宙で戦うンダ! あたしの本領発揮ダ!」

「この戦闘莫迦が……。はぁ……。」

「構わぬ……」

 喜ぶリュノンを見て、ティエラがため息をつき、シェレナが独り言のように言いました。

 まるで、運動会が好きな子と嫌いな子のような、それぞれの声です。

「ともかく、準備はできているな?」

「はいっ!」

 四人はそれぞれ立ち上がり、ウィンドウを展開させました。

 自分のやるべきことをはじめたようです。

 その時です。

 突如、リビングの窓の外から赤い帯状の光が室内へと走り、室内にいる人、あるものに次々と光を当てました。まるで赤い真っ直ぐな触手のように。

 アキト達に、ついに来たかと、緊張が走ります。

 彼はプリシアに向かって、顔を上へと向けて言いました。

「お前達は上に行っていろ。銃撃戦に巻き込まれる」

「あなたは大丈夫ですか」

「人格ホログラム達が家を守っている。それに術法のフィールドもある。大丈夫だ」

「でも……」

 プリシアが、不安げな表情でアキトを見つめた時でした。

 脳内で耳鳴りのような音が聞こえ、続けて彼らの脳内に、男の声が聞こえてきました。

〔ペリー王妃、ご無事でいらっしゃいますか? こちらはグライス宇宙軍スペーシー陸戦特殊部隊。妃様救出のために参上いたしました〕

〔とりあえずわね〕

 鋭く厳しい声の男に、少しホッとした声で返事をするペリー王妃でした。

 が、それをアキトが制します。

〔私はザウエニア皇子、アキトコアル・メル・ザウエニア。貴方方の王妃と王女をお客様として預かっている〕

〔要求と交換条件は何だ?〕

〔地球の現状維持、不介入と、我々の現状維持、不介入。それと引き換えにお二方、それに現地人達を解放する〕

「不可能よ。もはやこの星の種族は我々のことを知ってしまった。我々が不介入を決めようと、彼らは我々を意識せざるを得ない。どっちみち、この星は我々と接触します」

「……余計なことを喋らぬように」アキトは歯噛みました。「交渉しているのは私です。人質の陛下はお静かになさっていればよいのです」

 しばらくの間の後、外からの通信が入ってきました。反論を許さない声で。

〔上は、お二方、それに現地人の解放が先だと言っている。あと、殿下の武装解除も要求している。時間はあと3キュール後だ〕

 1キュールとはグライスの時間でだいたい1分です。まあ、地球とだいたい同じですね。

〔拒否する。そちらの撤収が先だ。それから交渉に臨む〕

〔議論は平行線ということか。……お覚悟はよろしいですかね?〕

〔私には構わずやっちゃいなさい! それこそグライス魂というものよ!〕

〔了解しました。マジェスティ〕

 そう答えると、外の特殊部隊からの通信は切れました。細い糸が切れたかのように。

 アキトは歯噛みすると、

「おしゃべりすぎですな……!」

 と一言言い放つと、ペリー王妃を指さしました。

 次の瞬間。指先から紫色の電光が飛び、王妃の体を貫きました。

 小さな悲鳴。王妃はその場に崩れ落ちました。糸の切れた人形にも似た崩れ落ち方で。

「アキト様!?」

「大丈夫だ。死んではいない。気絶させただけだ」

 アキトはプリシアの悲鳴に対し、小さく吐き捨てるように言いました。

 彼は動かぬままのペリー王妃の姿から視線をそらすと、プリシアに向かい言いました。

「プリシア。もうすぐ戦闘が始まる。お前達は上に行って銀河のところにでもいろ」

「いいえ。私もここに残って、お手伝いしとうございます」

「大丈夫だ。プリシア。私達だけで十分だ」

「……」

 アキトの何気ない答えに、プリシアは捨てられた犬や猫のような目をしました。

 しかし彼は目を見ることもなく、外にいるスードロイド達へ矢継ぎ早に指示を出します。

 その時プリシアの脳内に、彼女と似たような声が響いてきました。

 プリシアの宿主、天宮綾音です。彼女は、ちょっとだるい声で、プリシアに言いました。

〔プリシアぁー。もう、いいよー。上に行っちゃおうよー〕

〔……わかったわ。綾音〕

 宿主の催促に、寄生者は肯定しました。

 そして、今度は近くにいた元恋人に向かってお辞儀をしました。

「わかりましたわ。上に上がって、待機しております」

「うんうん、プリシア、いい子だね」

 彼女の決別も知らず、アキトは機嫌良く頷きました。

「行きましょう。みんな」

「はい、マスター」

 プリシア達は踵を返すと、銀河の部屋へと向かいました。

 彼女は遠ざかる元カレの姿を背中に感じながら、心で泣いていました。

(私のことなんて、もう飽きちゃったくせに……。アキトの、莫迦……)

 女と男のすれ違い。なんて悲劇的で、なんて喜劇的なんでしょうか。

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