第15話 女子同士の戦いは醜くも美しい 1


 日も暮れ、黒い夜の街の姿が窓から見える、天河家の広々としたリビング。

 そこにいる誰もが、口を開こうとしませんでした。窓から見える景色はとても静かでした。

 沈黙している理由。それは、天河銀河その人にありました。

 正確に言うと、天河銀河の姿をした、何者かです。

 異星人、トレアリィ王女のストーカー、イズーの攻撃を受けて倒れた彼でしたが。

 突如として起き上がり、彼が知らないはずの術法で彼女を倒したのです。

 一体彼は、何者なのか。

 美也子も、トレアリィも、ディディも、ペリー王妃も、迷い子のような顔をしていました。

 そして、ようやくのことで口を開いたのは……、美也子です。

「あんた、銀河と名乗っているけど、本当はそうじゃないでしょ! 一体何者なの!?」

「……いいだろう」

 その問いかけに、銀河はにやりと笑い、大きく首を縦に振りました。

 そして、答えました。新時代の幕開けを告げるような声で。

「……俺は、ザウエニア星間連合皇国皇子。アキト・メル・ザウエニアだよ」

「あ、アキト皇子……!? ほ、本当なのですか? 本当に、アキト皇子なのですか!?」

「どういうことなのよ……。まったく」

 トレアリィと美也子は、お互い顔を見合わせました。それぞれ別の顔で。

「『私』は一人だけではないぞ《・・・・・・・・・》?」

「えっ!?」

『銀河』は顔を伏せました。

 そして顔を上げた時、『銀河』の風貌はすぐ前までのそれとは全く違っていました。

 その顔は、まるでいくつもの戦場を渡り歩いた戦士のようでした。

 姿勢も、しっかりとしたものになっています。

「よう。我は戦士のファイタル。いくさばで活躍する戦士の人格だ。よろしく」

「なんか声もちょっと変わった!? 別人みたい!?」

 それから急に、姿勢が変わりました。

 そのさまは、まるで老人のようです。

「やぁ。儂は術法使い《メイジ》の人格、ウィズルじゃ。こうして……。術法が使えるのじゃよ」

 と、目の前の『銀河』は言うと片手のひらを空け、何事かを唱えました。

 すると、手のひらの上で炎が灯りました。術法(魔法)の炎です。

 まさに魔法の初歩、お約束です。

「うわーっ、今度は銀河が魔法使いに!?」

 そして次の瞬間には、まるでいたずら好きの子供のような、顔立ちと身のこなしが軽そうな姿勢になりました。

 そして、これまた銀河とは違った、軽い少年の声で言いました。

「やあ、おいらは『盗賊ローグ』のローグルだよ。聞きこみや侵入なら僕にお任せっ!」

「口調がさらに変わった!? 体格や身のこなしも違って見える!? 本当に違う人格なの!?」

 次々と変わる銀河の姿に、美也子はびっくり仰天です。

 そんな美也子の姿を、『銀河』は高い塔から見下ろすように見ていました。

 そして最後に、『銀河』の口調は、大人めいた落ち着いた口調に切り替わりました。

「私こそが、ザウエニア星間連合皇国皇子にして、人格使い。アキト・メル・コアル・ザウエニアです。どうぞお見知りおきを」

「……アキト様だ! 本物のアキト様だ!」

 その言葉遣いを聞くなり、トレアリィは小躍りして嬉しそうな声を上げました。

 知人を、いや、愛しい人を見つけたような顔です。

 そして『アキト』は、またさっきの荒々しい人格に戻ります。

「オレは『直接戦闘用人格』の一つで、コアルは指揮・儀礼用の人格というわけだな。他にも細かく違う数十種類の人格を取り揃えているぜ?」

「へー」

 美也子は、心の底から同意していない、というような顔と声で言うと、

「でもローグとかメイジとかって何よ!? まるっきりRPGじゃない!?」

 そう突っ込みました。

『アキト』は、乾いた笑いを上げ、

「まあ、当たらずといえども遠からず、ってとこだな」

 と、軽く返しました。

「正確には、これらの「人格」は<職能人格クラスマインド>といい、様々な能力や才能、役割などを持った職能者の、典型的な能力や意識などをワンセットにしたものでやんすね」

 そこへディディが、先生のような口調で、横から入って言いました。

「普通、職能クラスを得るには、生まれた時からそういう能力を持っていたり、学校とかとか組合とか、神殿とかで学んでそういう職能を得る、というのが普通でやんすね。まあ例えば、一口に魔法使いの職能クラスと言っても、色々な種類があるでやんすよ」

「ま、まあ、アイドルにも畑を耕したり、島を開拓したりするのがいるぐらいだし……」

「あと、これらの職能クラスとは別に、単純な能力、例えば念動力とか発火能力、テレパシー能力など、地球で言う「超能力」が使える「能力者」がいて、これらもクラスマインド化されているぜ。むしろこっちのほうが多いほうだな」

『アキト』が口を挟むと、手持ち無沙汰そうに手をぶらぶらさせました。

「シャード・フェデニア、特にザウエニアでは、数えきれないほどの職能が存在しているでやんす。その中には、軍人向け、商売人向け、政治家・役人向けなどといった、それぞれの職業にあった職能も存在していて、ザウエニアの社会を形作っているでやんす。ま、そんな感じでやんすね」

「……でも、そんなに多くてどこに違いがあるのよ……? というか人間、人格なんて一つで十分じゃない?」

 美也子の問いを聞くなり、『銀河』の態度がまた礼儀正しい物に戻りました。

 どうやら、コアルの人格のようです。

「君達だって、誰かの前では大人しくしていて、誰かの前では活発だったりするとか、そういうことがあるだろう? それと同じだよ」

「……そう言われても、理解したくないわね!」

「だが、学び舎での私達の振る舞いで慣れているのでは?」

「変貌はよく見てるけど、理由がわからなければただのおかしな人よ! まあクラスの女子に囲まれている銀河と、小等部の女子をジーっと見ている銀河は、まるで別人みたいだとは思ってましたけど!?」

「これでよくお分かりになられたかな?」

「ええよくわかったわよ! わかりすぎるぐらいに!」

 美也子は、やけくそのような声で返しました。

 まあまあ落ち着きなさい、とコアルは笑い声を上げました。

 その響きに、美也子は傷に触れられたような顔つきをしたあと、何かを思い出した顔へと変わり、疑問を口にします。もっとも、聞きたかったことです。

「それはそうとあんた達、銀河にどうやって乗り移っているのよ……?」

「私達は、現地人にまぎれて生活するために、意識を現地人の脳に<マインド・インストール>していたわけだな」

「マインドインストール?」

「ザウエニア人の高級種族に伝わる儀式魔術でやんす。自分の意識を他人の脳に移動させて、保管する儀式死霊魔法でやんす。本来は寿命を迎えた魔術師などが、クローンなどの他の体を用意して移動させるでやんすが、このように生きている人間の脳にも移動できるでやんす」

「へえ……、ってそれひどくない!?」

 ディディの言葉に、美也子は目を丸くしながら、質問を続けます。

「でも、人間の脳の中にそれほど多くの人格を入れさせることができるの? 頭がパンクしそうだけど……」

「そこは、私のふねのコンピュータなどに、他の意識を保管しておいて、必要なときにすぐに<精神導入マインド・インストール>させるのさ。量子による超光速通信だから、入れ替えもあっという間だ」

「うーん、便利というか、気持ち悪いというか……」

「そこが我々と君達との違いだな。便利だぞ。人格が自由自在に取り替えられるのは」

「そうかしら……?」

 首をひねると、美也子はトレアリィの方を向き、言いました。疑問が増えたからです。

「というか、トレアリィ姫様。なんであなた銀河の秘密知らなかったのよ?」

「アキト様と一緒にいたのは、わたくしが初等部の時までですし……。中等部からは別々でしたので……」

「そうなのね……」

(ちょっと他人のことを知らなすぎというか……。ま、いいけど)

 美也子は心のなかでため息をつくと、再び銀河、いや、アキトの方へと顔を向けました。

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