第7話 風呂場でご主人さまと僕に囁いている 7
「あんさんらが住んでいるこの星系は、各星間国家の間で注目の的になっているでやんす」
「どうして?」
「まず第一に。この星系が、補給に便利な場所という理由からでやんす」
「つまり、この太陽系は休むのに適した場所というわけね」
「まあそんなもんでやんすね。第二に、それと関係あるんでやんすが……。この星は、近くにある央華帝国という星間帝国への航路上にも面しているでやんす。それで、各国はこの星に狙いをつけているでやんす」
「どうして?」
「現在、星間国家各国は、央華との戦争中でやんす。央華においてぼっ発した反星間国家諸国組織の蜂起を鎮圧するために、諸国家は軍を派遣中でやんすね」
「それって、アロー号戦争とか、太平天国の乱じゃあ……」
「なんじゃそれ?」
美也子の漏らした言葉に、ディディは怪訝そうな顔をしました。尋問官のような顔です。
その時、銀河は顔を美也子の右耳に近づけ、
(美也子、ディディには黙っていたほうがいい……)
(う、うん……)
そう会話をささやき合うと、顔を元に戻し、
「ううん、なんでもない。話を続けて」
ディディをうながしました。
「じゃあ、話を続けるでやんす。で、ここは央華に対して最適の補給点なので、各勢力はこの星の知的生命体と接触したがっていたでやんすが……」
「が?」
「接触制限がかかっているため、今の状態では不可能でやんすよ」
「「接触制限?」」
その言葉に、二人は顔を見合わせました。授業で初めて聞く用語を聞いたような顔で。
ディディは、首を縦に振って応じます。
「そうでやんす。ある一定以下の文明レベル、例えば、超光速航法を開発していない種族が住む惑星への降下、接触は、<協約>という条約により禁止されているでやんす」
「ふぅーん……。あたしらが一定以下のレベル、ねぇ……?」
「何怖い顔しているんですか、美也子はん?」
「いーえ、別に」
続けてディディは、他にも<協約>はあり、例えば未文明種族への内政干渉の禁止。異なる知的生命体の住む惑星への入植禁止。上陸、入港地の法律遵守などがあると説明しました。
そこまで説明したところで、美也子は彼女に手を上げました。先生に尋ねるように。
「はーい、三下メイド。ちょっと質問なんだけど」
「なんでやんすか、ぽっちゃり猫どの?」
「さっきの接触制限含め、あんたらものの見事にその<協約>とやらを破っていない?」
「……」
「……」
「……」
美也子の的確なツッコミに、他の三人(なぜか銀河まで含めて)は、黙り込みました。
見事なまでにです。
「……まあ、あのストーカーから逃げるための、避難措置というわけでやんすよ。ああいう手合いは、意外と物事を遵守するものでやんすからねえ。……遵守しすぎて、別のラインを踏み越えることは多々あるでやんすが」
「言い訳になってなーい!」
「まあ、ストーカーが去ってくれるまでの辛抱だ。我慢しろ、ミャーコ」
「ミャーコといちいち言うなっ!」
それから美也子は、自分の両耳を撫で、不思議そうな顔をします。
「そう言えば……。なんでこの平々凡々な男が、宇宙人と翻訳機なしで話せていたわけ? それも魔法?」
美也子は銀河を突っつきながら、ディディに質問しました。
「うーむ……。銀河はん、ちょっと頭を調べていいでやんすか?」
「ん? どうやって調べるの?」
「ナノマシンを使った検査やんすから、痛みもなんも無いでやんすよ」
「なら、かまわないけど……」
ディディは何事かをつぶやくと、自分の体から小さな緑色の粒子を、無数に飛ばしました。
その光の粒子がフワフワと銀河の両耳へと向かい、二人の間に、緑色の道がつながります。
つながった緑色の道の間を、白い光が忙しく行き交っていました。
しばらくすると白い光は消え、緑色の道も消えました。
道が消えた瞬間。ディディは大きく両目を見開きました。重要な発見をした博士のように。
「こっ、これは……!」
「どうしたの?」
「……テレパシー能力! ここの現地人にこの能力が備わっているとは……!」
「てれぱしー?」
ディディは、何事かを考えるような顔で銀河を見ました。
彼女でもわからないことがあるようです。
「要は、言葉を使わなくても話し合える能力でやんす。この種のテレパシーは、主にザウエニアやリブリティアなどの高級種族が持っているという能力でやんすね」
「テレパシー、ねえ……」
「このテレパシーを、臭いで表現する人種もいるでやんすね」
「フェロモンみたいなものねー」
「フェロモン?」
「動物や昆虫等が持つ、オスがメスを引きつける臭いのことよ。銀河がフェロモン持ちだったなんてねー」
美也子達の会話を聞きながら、銀河はうんうん、とうなずきました。
(モテる原因はこれだったのかな?)
そう納得した銀河のそばで、美也子達は会話を続けます。
「なんでこいつが、そういう能力を使えるようになったのよ?」
「説の一つとしては、銀河はんのの遠い先祖に、あっしらのご主人様と同じ種族がいたんじゃないか、というのがありそうでやんすね。しかし、うーん……」
しかしディディは、どうにも納得できないという様子で、首をひねっています。
美也子はそれを見て、尋ねました。彼女もまた、納得できなかったからです。
「まだ何かあるの?」
「銀河はんがテレパシーが使えるようになったのは、比較的最近のようにも思えるでやんすが……」
「どういうこと?」
「脳の一部の再構築が、比較的最近行われたような痕跡があるでやんすよ」
「誰が? 一体なんのために?」
「それはわからないでやんすよ……。この程度の検査では証拠が不十分でやんす。対検査用に隠蔽されたところも見受けられるでやんすからね」
「そこら辺は謎のまま、か……」
(自分は何者かによって脳を作り替えられた。それでモテたり宇宙人とテレパシーが通じるのかな。でも、そうでないという可能性もあるというし……。自分は一体何者なのかな……?)
銀河は腕を組み、窓から外を見ました。夕暮れの静かな住宅街の景色が、広がっていました。
しかし、銀河は景色を見ず、窓ガラスに映る自分の姿に、いや、心のなかにいる誰かに向かって呼びかけました。
それは、いつの間にか頭のなかに居着いた『彼』への呼びかけでした。
(アキト、今も起きているんでしょ? 黙ってないでなにか言ってよ。君はトレアリィと関係あるんだよね? 彼女と関係なくても、さっきトレアリィ達が言っていたどこかの宇宙の国と関係あるんでしょ?)
(……)
しかし、帰ってくるのは沈黙のみ。銀河は、首を静かにうなだれました。
彼の様子を見て、美也子は猫のように目を細めました。
(──銀河が時々人が変わったようになって、高等部の女子とか小等部の子をナンパしたりして、また元に戻るのって、この異星人達が言っているテレパシーが関係しているのかしら……? まさか、銀河の頭のなかに異星人がいるとか……? ははっ、まさかね)
彼女は、頭をよぎったものを心のなかで振り落としました。
その時でした。銀河のスマホが震えました。どうやら電話の着信のようです。
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