エピローグ(二)

 首都の司令官室。スヴァルト軍の最高権力者の為のその一室で、総司令官たる辻孝政は携帯端末を手に送られてきた作戦報告書に目を通していた。


作戦の進行は概ね想定通りといった内容だ…………いや、Y-01とそのパイロットである宮城哉嗚の活躍を思えば想定を大幅に上回っていると言ってもいい。


「だがやはり届かないか」


 彼に期待をけただけはあった、しかし報告を見ると落胆が浮かぶのは止められない。もちろんあれに遭遇して生き残っただけでも望外だと理解はしているのだが…………希望を見出すと際限なくなってしまうのは人間のサガと言うものらしい。


「こちらも想定通りではあるが…………それでもやはり落胆してしまうな」


 次に目を通したのはアスガルド側の遺跡から得られたデータの概要だった。


「やはり、奇跡などありはしないか」


 この部屋にいるのは辻と任務に忠実な護衛だけだ。そのおかげであまり好ましくはないが人前では口にできないような愚痴も吐いてしまえる。


「邪魔するぜ」


 そのはずの室内に第三者の声が響く。いつの間にそこにいたのか、濃い赤茶の髪をした青年が執務用の机を挟んで立っていた。背後の護衛が即座に懐から銃を抜こうとするが辻は手で制してそれを止めた…………裏事情まで知っている護衛は貴重なのだ。無駄な事をさせて失いたくはない。


「あんまり驚いてないな」

「驚いているとも」


 驚いてはいるが、想定はしていただけの話だ。空間転移の対策は念入りに行ってはいるが、それをくぐり抜けて来るのが魔攻士という存在なのだから。


「まさか長老会に君を送り込む度胸があるとは思っていなかった」


 そこで一旦言葉を切り、相手の目を見据えて辻はその名前を口にする。


「戦略魔攻士第一位、グエン・ソール」

「一目でわかるか」

「無論だとも。君は我が国最大の敵なのだから」


 さらに言えばほんの少し前にその交戦記録を確認したばかりでもある。


「そいつは正しい認識だな…………だが一つ訂正しておくと俺はあの爺どもの意向でここに来たわけじゃないんだわ」

「ふむ、では何のために来たのか聞いても?」

「確認と…………まあ、それ次第で交渉だな」

「なるほど」


 辻は僅かに思案し、後ろに控える護衛の男へと視線を向ける。


「下がってくれ」

「は、しかし!?」

「どうせお前が居たところでどうにもならん」

「…………」


 それが事実であることは理解しているのか護衛は押し黙る。だがそれでも任務に対しての矜持か下がろうとはしなかった。


「下がれ」


 だが辻はもう一度その言葉を繰り返す。護衛は悔し気に奥歯を噛みながらも今度こそその言葉に従って退出していった。


「俺は別に構わなかったが?」

「私の方が構う…………内容によっては彼の職務を外す必要が出てくる可能性もある。数少ない友人とも言えるような相手を失いたくはないのでね」

「なるほどね」


 グエンは肩を竦めて指令室の端に置かれたソファに目を向ける。


「座っていいか?」

「構わんよ」


 辻が答えると遠慮なくグエンはソファに腰を鎮める。


「だが話をする前に一つだけ忠告をいいかね?」

「ん、なんだ?」

「何、大したことではないよ…………仮に私の命が失われたとしたら地下に仕掛けられた爆弾が起爆するというだけの話だ」

「!?」


 一瞬驚いたような表情をグエンは浮かべるが、すぐに元に戻す。


「それで俺を殺せると?」

「国境にあるクレーターを作り出したものと同質の爆弾であると言ってもそうかね?」

「…………」

「もちろんあそこまでの規模ではないがね…………効果範囲を絞ってある分威力自体は上かもしれない。それでも耐えきる自信があるのなら試してみるといい」


 その結果起きることを気にもしないように辻は口にする。


「さっきの護衛どころか国民も大勢死ぬんじゃねえのか?」

「だがそれで君が討ち取れるなら十分な犠牲だ…………首都は壊滅するだろうがその事態を想定して各地に機能は分散してあるし、その際のマニュアルも作成済みだ。多少の混乱はあるかもしれないが君のいないアスガルド相手になら我が国は勝利できるだろう」

「…………食えないおっさんだ」

「話の前に対等な立場を保つのは当然のことだろう」


 最高権力者として初手から負けるわけにはいかないのだから。


「それで、試すかね?」

「遠慮しとく」


 賭けに勝つ自信はあるがグエンにはそれで得るものがない。


「では聞こう…………まずは確認だったかな?」


 促す辻にグエンは溜息を吐く。不意打ちで掴もうとしたペースはすでに向こうのものになってしまっている…………対等どころか初手は相手の勝ちだと認めるしかない。


「ああ、確認だ」


 だがそれはあくまで初手の話だ。


「あの新型機…………その中身をお前は知っているのか?」

「無論だ」


 辻は即答した。表情一つ変えなかった。


「正直に言えば俺はこの戦争で国としてはスヴァルトが残るべきだと考えていた」


 そんな辻を無表情に見ながらグエンは続ける。


「だが、あれを見て揺らいだ…………はっきり言って胸糞悪い」

「当然だろうな」


 同意するように辻は頷く。


「それをやらせたのは手前だろうが」


 グエンは辻を睨みつける。


「そうだ…………だが他に我々の勝つ道はなかった」


 その視線を動じずに彼は受け止めた。


「古代文明の遺跡とやらがあるだろうが」

「あれには可能性などない」

「あ?」


 さらりと答えた辻にグエンは訝し気な表情を浮かべる。


「その可能性に賭けた侵攻だったはずだろうが」


 少なくとも侵攻に参加した兵士たちはそう考えていたはずだ。アスガルド側もその阻止を前提として、敵部隊に戦力で劣る魔攻士部隊に対しては遺跡の破壊を優先するように命令がされていた。


「…………古代文明がどうして滅んだか君は知っているかね?」


 答えず、辻はそんなことを尋ねた。


「知らん。アスガルド側には忌むべき文明ってことくらいしか伝わってない」


 アスガルド国内にも古代文明の遺跡が存在することはスヴァルトの侵攻の行われる前から把握されていた。けれど長老会はそれを調査することも破壊する事すらしなかった。

 関わることすら汚らわしいというように一切の干渉を禁じて忌避していたのだ。


「記録によれば古代文明を滅ぼしたのは我々の祖先だよ」


 我々のという言葉にグエンは一瞬眉をひそめるが、すぐにスヴァルトはアスガルドからの難民によって生まれた国であることを思い出す。


「国境線のクレーターを生み出した爆弾が古代文明の最後の意趣返しだったらしい。敵も味方も巻き込んで何もかも吹き飛ばそうとしたようだ」

「随分と派手な最期を飾ったもんだな」


 呆れるようにグエンが肩を竦める。


「だが我々の祖先は生き残った…………だがそれも僅かな人数だったのだろう。単純に暮らしていくことも難しい状況になれば記録を伝えていくことも難しい…………それに恐らくは伝える気も無かったのではないのかと思う」


 なにせ科学技術は再現可能な代物だ。万が一にもその技術が蘇ることがないように忌むべき存在として実情は語り継がなかったに違いない。


「で、それがさっきの話にどう繋がる?」

「古代文明にも君たち魔法使い相手には勝てる手段は無かったということだ」

「その爆弾とやらがあるだろうが」


 グエンなら耐える可能性があるかもしれないが、逆に言えばそれ以外の魔攻士であればなす術もなく消し飛ぶだろう。そうなればグエン一人が生き残ったところでアスガルドという国は終わりには違いない。


「だがそれも古代文明は自爆以外に使えていない」


 そもそも便宜上爆弾と呼称してはいるが実際は巨人機に搭載されているリアクターの化け物のような代物である。巨人機には到底搭載できないようなサイズであり、何かしらの施設と表現した方がふさわしい形状をしている…………しかも稼働させたが最後制御しきれずに暴走して最後には爆発するような代物なのだ。


 だが仮にそうでなかったとしてもアスガルドで起爆させるのは難しい。ミサイルに乗せて撃ち込んだとしても魔攻士であれば容易くスヴァルトに送り返すことができるだろう…………結局は相手を引き込んで味方ごと吹き飛ばす以外の使い方ができない。


「つまり遺跡をどれだけ漁ったところで戦略魔攻士を倒せる技術は残されていない………そもそも遺跡はデータのアーカイブというよりは生産工場としての側面が大きい。兵器の設計図であればどれだけ量があろうとも記録媒体もそれほど規模は必要ない…………あー、今更だがその辺りの話はわかるかね?」

「技術的なことは無理だが概要ならなんとかな」


 科学を知ることはアスガルドでは推奨されないが、グエンは自分の目的の為にきちんと情報は手に入れている。


「では続けよう」


 それが虚勢ではないことを確認して辻は鷹揚に頷く。


「結論から述べてしまえばどの遺跡を発掘しても古代文明の知識は全て手に入る…………そもそもあの遺跡はせめて自分達の知識だけでも滅ぼすまいと古代文明が残したものだ。各地に分散して残されたのは保険と、さっきも言ったように工場としての機能も持たせたためだ」


 知識だけあっても活用できなくては意味がない。故にその技術を再現可能な工場を併設して残したのだろう。実際スヴァルトの民が遺跡を発見したのは遥か昔なのに未だに解明できず、工場の自動生産に頼らざるを得ない技術も多く存在する。


「なら、そんな無駄な物の為になんで侵攻しやがった」

「勝てる可能性ができてしまったからだ」

「…………あの新型機か」

「そうだ」


 辻は頷く。


「Y-01は本来の想定以上の成果を出した…………出してしまった。そうなれば可能性に賭けたいと願ってしまう人間が増えてもおかしくはないだろう。いくら優秀で理性の高い人間であっても常に破滅と相対した環境に置かれ続ければ僅かな可能性にすがりたくもなる」


 それを辻には抑えることができなかったというのが今回の侵攻作戦だ。


「あの程度で俺に勝てると本気で思ったのか?」


 だとすればグエンには見積もりが甘すぎるとしか言いようがない。


「だが、リーフ・ラシルには勝てた」


 誇るでもなく、ただ事実を述べるように辻は答えた。


「アイズ・ニヴルヘムにも届くかもしれない…………勝てずとも、僅かであれば傷をつけることならばできるだろう」

「で、今度はアイズの複製作って次は俺か?」


 グエンは辻を睨みつける。


「そんな都合よく行くわけねえだろうが」

「…………」


 辻は黙ってそれに答えない。そんなことはわかっていると表情が語っていた。それでも溺れる人間は藁を掴もうとするだろうし、それを止める術が彼には無かっただけの話だ。


「第一あれは奇跡みたいなもんだろ」

「…………そうだろう」


 あれは紛れもなく宮城哉嗚というパイロットの起こした奇跡だ…………だからこそ辻も彼には期待せざるを得なかった。


「君で同じことをしたとして…………成功するよりもこの国が無くなる可能性の方が遥かに高い」


 現にY‐01の開発ですら事故によって幾つもの研究所が壊滅している。そのせいで安全策がとられほとんどの機体が予定の水準以下の性能となったのだ。ユグドという奇跡が生まれなかったなら計画はそれで凍結され侵攻作戦も行われなかったことだろう。


「だがそれでも、もはや進む以外に道はない」

「今すぐ俺に殺される可能性があってもか?」


 先ほどは虚を突かれたが今は対処法も頭には浮かぶ。この場で辻を殺すのが都合が悪いなら他の場所で殺せばいいだけの話だ。幸い合図一つで仲間が迎えに来るように打ち合わせはしてある。

 辻ごと転移してもらうだけなのだからそう難しい話でもないだろう。


「それは脅しにはならんよ…………どうせ計画が奇跡的にうまくいっても責任を取って死ぬつもりの命だ」

「あ?」

「君の考える通りあんなものは本来あってはならない。万が一再利用されることのないように戦後は全てを公表して私を含めた全ての関係者は責任を取る。技術的な記録は一切残さずに全て抹消する予定だ」


 その抹消予定の記録には当然だが辻ら関係者の記憶も含まれている…………つまりその死はすでに決定事項だ。現状軍部に偏り過ぎている権力もこのスキャンダルが明るみになることで大きく削がれる。それに戦後の雰囲気も重なれば民衆の支持は内閣府に移って軍部は縮小されていくことだろう。


「覚悟は決まってるってわけか」

「無論だろう」


 そうでなければやれるようなことではない。


「ならまあ、確認は合格ってことにしてやる」


 グエンは仕方ないというように肩を竦める。


「光栄、というべきなのかな」

「さてな」

 

 話はまだこれからだと、グエンは続けた。

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