二十五話 暴走

「ユグド、一体どうしたんだ!」


 叫びながら哉嗚は操縦桿を動かすが機体は全く反応しない。ユグドが操縦のサポートではなく完全に機体のコントロールを奪ってしまっているのだ。

 やむなく非常時用の緊急コードをいくつか打ち込んでみたがそれらも何の反応も見せなかった…………こうなるとこのコクピットで哉嗚のできることは完全になくなる。制御不能の絶叫マシンに入れられたようなものだ。


「くそっ」


 機体の動きが止まったので絡めとろうと四方から木々が伸びて来る。せめて斥力障壁でもと哉嗚は操作するがやはりそれも反応しない…………何もできない内に木々が絡みついてきてコクピット内にも振動が走った。

 このままでは押し潰されるだろうが、コクピットを出てもどうにもならないし出る手段もない。


「ユグド!」


 出来るのは祈るように声を掛ける事だけ。


「私に触るナァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 だがその声も届かない。それでも絶叫と共に斥力障壁が起動され機体に絡みついていた枝木を吹き飛ばす…………それどころか周囲一帯を根こそぎにするように障壁が広がって木々を押しのけた。


 明らかに過剰な出力に機体が軋みを上げる音が聞こえる。


「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 障壁を展開したままユグドがリーフへと向けて突進する。急制動に哉嗚は座席に押し付けられて肺の空気が押し出された…………さらに機体への負荷が上がったらしく、モニターに映る警告の文字がさらに増加する。


「なに、あれ」


 対峙するリーフは急に様子の変わった少年の機体に目を細める。明らかに先ほどまでより強くなっている。戦略魔攻士としての感覚がこれまで通りの対応では危険があると告げていた。

 それに


「…………気持ち、悪い」


 そう感じる。それに乗る少年に対しては変わらぬ感情を抱いているが、その機体に対しては自分でもわからない嫌悪感を覚える…………なら、やることは一つだ。その瞬間に、初めてリーフはユグドという機体にのみその力を集中させた。


「育って、伸びて、あれを壊して」


 より太く固いみきとなった木々が迫るユグドへと向けて枝木を伸ばす。しかしユグドの展開した斥力障壁を破るには至らず、なぎ倒すように機体は彼女へと迫る…………近づくにつれ不快感はさらに増していった。


「…………大波」


 束ねられた木々が、彼女の周囲の樹海そのものが一つの大波となってユグドを迎え撃つ。流石にそれだけの質量を跳ね除けることはできなかったのか、今度は機体が斥力障壁ごと押し戻されていくのがリーフにも確認できた。


「ユグド、無謀だ!」


 コクピットを揺らす衝撃を堪えながら哉嗚は叫ぶ。機体の限界を超えた出力でリーフの魔法には対抗できているが、それでも考えなしに突っ込めるほどではない。このままでは防戦されるだけでも機体が先に限界を迎える。


「殺ス! アイツだけハ絶対ニッ!」


 だがやはりユグドには届いていない。押し戻された機体を制御して宙に留めると、レーザーライフルを構えてそこにエネルギーを注ぎ込む。モニターに表示されるエネルギーの値を見て哉嗚の顔が青くなる…………銃身どころか機体が持つかどうかも怪しい数字だ。


「ユグド待っ…………!?」

「死ネッ!」


 だが制止の言葉も中途にユグドはそれを放つ。発砲と同時に銃口が破裂しそこから亀裂が走ったように銃身全体が崩壊する…………それと同時にモニターを閃光が埋め尽くして哉嗚には無事にレーザーが放たれたのかどうかもわからなかった。機体を走る衝撃もその過剰過ぎるレーザーの反動であった今更他と判別できるものでもない。


 何とかその場で耐えながら哉嗚は必死で思案する…………どうすれば彼女の暴走を止めることができるのかを。


                ◇


 少年の機体から放たれるレーザーは二度目だったが、明らかに最初の一発とは威力が違うのは見て取れた。もはや表情を崩して受け止めてあげるなんて言っている余裕はなく、意識を集中してリーフは障壁を思い浮かべる。


「っ!?」


 閃光を防ぐために目は閉じている。だから何も見えないが重い、とリーフは感じた。痛みがあるわけではないが障壁にはある程度感覚が繋がっている。その感覚からすれば今受けている一撃はこれまでで一番大きい。


 油断して、不意を突かれれば抜かれていた可能性もあったかもしれない。


「問題ない」


 集中していればちゃんと防げる…………ただ、不快感は消えない。あの機体、あれに少年が乗っていることを想像するとひどく不快な感情を覚える。


「壊す」


 それを消すには他に方法はない…………だが冷静な思考は無理に相手をする必要もないとも告げていた。向こうが身を削っているのは見ればわかる。無理に相手をしないでも防戦しているだけで相手は自滅するはずだ。


「…………」


 ただ、それだとこの明瞭し難い不快な感情を我慢しなくてはならない。それにあの機体が自壊した時それに乗っているあの少年は無事に済むのだろうか…………それを考えるとやはりこちらから動いた方がいい気がする。


「…………面倒くさい」


 これまでは適当に蹂躙するだけで終わる戦闘ばかりだったから考える必要はなかった。リーフにとってこれは初めて考える必要がある事態で、だからこそそれ自体にストレスを感じてしまう…………とはいえ、あの少年が絡んでいる以上は投げ出すわけにもいかない。


「やる」


 結局は感情が勝ってリーフはこの不快感を消して、機体の自壊に少年が巻き込まれないようにすることを選んだ。

 だが、慣れない事をすれば注意力は散漫になる。それはこれまで強者としてあらゆる戦闘で余裕のあったリーフにすればなおさらだ…………だから、見上げて初めてそれに気づいた。


 薄緑色のその機体が、自身が弾丸であるがごとく彼女に迫っていた。


                ◇


 閃光が晴れたことに哉嗚が気付いた頃には、機体は再びリーフ・ラシルへと向かって突っ混んでいた。先ほど同じく急激なGに体が操縦席に押し付けられるが、薄れそうになる意識を必死に繋ぎ止めて視線を前に向ける。


「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス」


 その間にもユグドは壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返している。ユグドがリーフ・ラシルを憎んでいたのは知っていたが、こんな理性が飛ぶほどのものだと哉嗚は思っていなかった…………思えば哉嗚はその理由をこれまで調べようともしていない。彼女自身が自分でもわからないと口にしていたとはいえ、相棒を気に掛けなかった自分の愚かしさを呪いたくなる。


「がっ!?」


 衝撃が走って哉嗚は意識が飛びそうになった。真っ直ぐに突っ込んで魔力障壁にぶち当たったらしい。斥力障壁は展開されなかったのかと思う間もなく機体は障壁に張り付いて拳を振るい始めた…………滅茶苦茶すぎる。


「壊れロ壊レロ壊れろ壊レロ壊レろ壊れロ壊レロ壊れろ壊レロ壊レろ壊れロ壊レロ壊れろ壊レロ壊レろ壊れロ壊レロ壊れろ壊レロ壊レろ壊れロ壊レロ壊れろ壊レロ壊レろ壊れロ壊レロ壊れろ壊レロ壊レろ壊れロ壊レロ壊れろ壊レロ壊レろ壊れロ壊レロ壊れろ壊レロ壊レろ」


 ユグドが両手で障壁を殴りつけるたびにコクピットが大きく揺れる。警告音やモニターの表示は出過ぎていてもはや判別できないが、映し出された映像を見るに機体の両腕は全体にひびが入り場所によっては回路がむき出しになってショートしていた。


「ユグド!?」


 確かに哉嗚もリーフ・ラシルを倒したいと思っていた。けれど憎んでいたわけではないのだとユグドの様を見て思い知らされた…………そう、哉嗚にとってリーフ・ラシルは倒すべき敵だが憎む相手ではなかったのだ。


 確かに仲間を殺されたし、自身も殺されかけた。そのまま回収されていたらきっと哉嗚も憎悪を抱いただろうし、そのまま心折れていたかもしれない…………だが哉嗚は直接彼女を見ている。


 リーフ・ラシルに会って哉嗚はこの戦争の実情を知った…………強者の理不尽を知った。けれどその時に見たリーフ・ラシルは恨みを抱くにはあまりにも空虚すぎた。例えば男が他人をナイフで刺したとして被害者の遺族が恨むのは男であってナイフではないだろう。少なくとも哉嗚はそう思える人間なのだと今気づいた。

 この理不尽な戦争を終わらせるために哉嗚は彼女に勝つことを望む…………けれどそれはユグドが露わにしているようなものでは決してなかった。


「駄目だ、ユグド」


 それでは駄目なのだと心に警鐘が鳴る。今更ながらに晴香に言われたことが実感できた…………今のユグドは勝った先のことが頭にない。ただリーフ・ラシルを殺すことだけが目的になってしまっている。


 だがそれがわかっても声は届かない状況に変わりない。ついには機体の右腕は拳が砕けて動かなくなり、それでも残る左腕は障壁へと遂に食い込んだ。そうしてできた隙間に機体そのものを捻じ込もうとするが…………明らかな無理に機体全体が軋みを上げる。


「っ!」


 どうすればいいか直感で頭に浮かぶ。その行動を哉嗚は迷わなかった。護身用のレーザーガンを抜くと自身の太腿ふとももを撃ち抜く。パイロットスーツは頑丈だがこんな想定はされておらず、あっさりと大穴を開けてそこから血が溢れ出した…………機体に関する警告に加えてモニターにはパイロットの状態を示す警告が表示される。


「…………」


 傷口を抑えることもせずに哉嗚は操縦席に身を預けて目を瞑る。機体の暴走に出来ることはない…………ただ出血で意識が薄らいでいく感覚に身を委ね過ぎないようにだけ気を付ける。

 彼女が気づかなかったら死ぬかもしれないが、このままでもどうせ死ぬ。それなら相手を信じて死ぬ方がまだマシだろう。


「………お」

 

 どれくらい経ったか、眠くなってきた哉嗚の耳に何か聞こえた気がした。


「か……お」


 それに目を開かなくてはならないと思いながらもいやに瞼は重くなっていた。


「哉嗚っ!」


 けれど必死に叫ぶ声に哉嗚は意識を揺り戻す。開かれた視界の先では随分と血が流れてコクピットの底に溜まっていた…………後で晴香に文句を言われるなと薄ぼんやりと思う。


「早く出血を止めてください!」

「そうだ、な…………」


 のろのろとした動作で哉嗚は操縦席の脇をいじり、そこに収納されていた応急手当の道具を取り出す。見た目はただのスプレーだが吹きかけるだけで傷口を塞いで出血を止めてくれる優れモノだ。しかも含まれているナノマシンが血管を繋いでくれるので事後の心配もない。

 後は増血剤を適当に飲み込んで水を飲むと、力の抜けかけていた体に幾分か感覚が戻った気がした。


「…………死ぬかと思った」


 思えばリーフ・ラシルと遭遇した時にだって死ぬような怪我を負ってはいない。戦場で最初に死にかけたのが自傷なんて実に笑える話だ。


「死ぬかと思ったじゃないです哉嗚!」


 怒ったような声がスピーカーから響く。感情の籠ったその声は、けれどさっきまでのような憎悪は含まれていなかった。


「自分の足を撃つなんて何を考えているんですか!」

「ユグドが話を聞いてくれないからだろ」


 暴走していてもユグドは機体を制御してはいた…………だからそこにパイロットが危険だという情報が表示されていれば気づく可能性はあると思っただけだ。


「だからって…………私が無視したらどうするつもりだったんですか!」


 哉嗚の声が届かないくらいだったのだから、パイロットの状態を無視していた可能性は十分にあった。


「そこはほら」


 それに哉嗚は朗らかに笑って言った。


「相棒を信じてたから」


 命を預けるのに何の不安もなかったのだと。

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