第4話「ペルソナの行き先」

 ペルソナはマンションの裏側の大通りにいた。街路樹に隠れるように、こちらを注意深く見つめている。


 そしてペルソナのすぐ近く、木の陰に段ボール箱がある。


「あれって、まさか?」


 嫌な予感を覚え、道化に尋ねる。彼は肩をすくめ、「百聞は一見に如かずさ」と段ボール箱を指さした。


 ココロと一緒におそるおそる段ボール箱に近づき、中身を確認すると――


「何これ?」

「空っぽ、に近い感じですね」


 段ボール箱には安っぽい、汚れたタオルがあるのみ。しかも糞尿の匂いがする。


 ミドリは屈み、段ボール箱の側面を見た。特に何か書かれているわけでもない。


「これって、どういうことなんだろう……」

「ペルソナはいましたけれど、これではちょっと収まりが悪いですね……」


 ココロがペルソナを見下ろす。


 ペルソナもまたココロを見返し、短く鳴いた。


「たぶん、この箱の中に猫がいたのかもしれません」

「やっぱりそう思いますか?」

「赤ちゃんかもしれませんね。次に気になるのは、どうしてタオルだけになっているのかということ」

「はい、わたしも気になってました。道化さん、何か知ってる?」


 道化はかぶりを振った。


「残念ながら僕がここに来た時点で、君たちが言うようなものは見かけていない。そしてもうひとつ気になることは、僕の大事なものが見当たらないということだ」


 確かに、ペルソナの足元にも段ボール箱の周辺にも、道化の仮面はなかった。


「ということは?」

「ペルソナくんはいったん僕たちをここに連れてきて、それからまたどこかに行こうとしているんじゃないのかな」

「にゃあ」


 道化に応えるかのように、ペルソナがまた鳴いた。ミドリたちの脇をすり抜け、くるりと振り返る。ついてこいということらしい。


 ひとまずミドリたちは再び、ペルソナの後を追った。たたたたた、と軽妙なリズムで行ってしまうので自然と早歩きになる。


「どこに連れていきたいんだろ?」

「あの段ボール箱と関係しているでしょうね」


 ペルソナはまっすぐに歩き、ひょいと曲がってそのままフェンスを越え、どこかの敷地に入っていく。


 木々が立ち並んでいるため薄暗い。看板があるわけでもなかったので、ここがどういう場所であるかもわからなかった。


「私有地なのかな」

「かもしれませんね」

「フェンス、閉まってる」

「どうしましょうか……」

「強行突破かな。僕としても緊急事態だし、何よりペルソナくんが来いって言っているんだから、行かないわけにはいかないだろうね」

「んー、仕方ないか」


 フェンスは頭ほどの高さしかない。


 道化は当然のように軽々とフェンスを飛び越え、ミドリとココロもその後に続いた。スカートを履いているので、乗り越えるには少し勇気が必要だったが。


 砂利の混じった道を踏みしめていくと、ペルソナの鳴き声が聞こえた。


 ただ、一匹だけではなかった。


 白猫が地面に伏せ、丸くなっている。毛並みは艶やかで、ひげもピンと伸びている。よく見ると首輪もついていた。そして――その白猫の腹に埋もれるようにしているのは、生まれたばかりと思しき子猫が二匹。


 当然――ミドリもココロも驚いた。


「ぺ、ペルソナくんの子どもですか……?」

「いえ、そんな、いやでも……」

「落ち着きたまえ二人とも。毛色が違う」


 道化の言葉通り、子猫の毛色には微妙に茶が混じっていた。


「じゃあ、この子の子どもなのかな?」

「どうなんでしょう?」


 白猫はこちらを見上げ――すくっと立ち上がった。背を向け、子猫には目もくれず、そのまま歩いていった。


「あれ?」

「どうして行ってしまったんでしょう?」

「僕たちを見て安心したのかもね」


 道化は身を屈め、子猫たちをそっと拾い上げた。


「とりあえずこの子たちを保護しないといけないね。ココロさん、この近くに動物を保護してくれそうな場所知らないかな?」

「あ……はい、では調べてみますね」


 ココロがスマホを取り出して検索する間、道化は子猫たちの鼻先をくすぐったりしていた。


 その光景をペルソナは見——短く鳴いてから道化の足の合間をすり抜け、木の陰から白い仮面をくわえてきた。


「お。僕の仮面じゃないか」

「にゃ」

「なるほどね。……ミドリくん、いいかい?」


 ミドリは子猫を預かり、道化はペルソナから仮面を取り戻した。それからミドリにもココロにも見えない角度でお面を外し、仮面を着ける。


「やれやれ、これでやっと落ち着くよ」

「よかったね、道化さん」

「ありがとう。君たちがいなかったら途方に暮れていたところだった」

「大げさ」


 ふふっと笑うと――「見つかりました」とココロがスマホを掲げて見せる。


「この近くに動物病院があるようです。保護猫の世話をしているみたいなので、行ってみましょう」


 道化とミドリはうなずいた。

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