第2話「静島ココロとペルソナ」

 台舞だいぶ公園は動物を模した石像があちこちに配置されていることで有名なスポットだ。


 中央にある噴水に置かれているのはライオン。シンガポールの像のごとく口から水を噴出しているわけではないが、なぜか横たわって水を飲んでいるポーズである。


 ミドリはそこで道化と合流し、「どう?」と尋ねた。


「ダメだね。まるで見つからない」

「困ったね。何か目撃情報があればいいんだけど」

「人に聞いてみるかい?」

「……わたしがやるね」


 道化は無言で肩をすくめた。ヒーローもののお面を着けているためか、あまり様にならなかった。


 その時。


「ペルソナ、ペルソナー……」

「うん?」


 声のした方向に目を向けると、黒髪でロングストレートの女性が口に手を添え、きょろきょろと周囲を見回しているところだった。


 ふとこちらに気づき、「すみません」と近づいてきた。


「あの、この辺りで黒猫を見かけませんでしたか?」

「え、黒猫?」

「ええ。名前はペルソナっていいます。首輪をつけていて、体が細くて、夜のとばりのように真っ黒な毛並みをしているんです」

「ずいぶんとまぁ、変わった名前と例えだね」


 女性は道化の外見に、目をぱちくりと開いていた。


「失礼ですが、この方は?」

「あ、えっと……あんまり気にしないで下さい。変わり者なんです」

「ミドリくん、それはあんまりじゃないかな……」


 そうですか、と女性はぼんやりと言った。どうやらあまり物事にこだわらない性格らしい。


 ミドリは女性の格好に小首を傾げた。


 眼鏡の奥には眠たげな目。あまり手入れをしていなさそうな長髪。そして黒のタートルネックの上に白衣を着ている。


 ミドリの視線に気づいた女性は、「これが気になりますか?」と白衣を引っ張った。


「私、カウンセラーをやっていて。これを着ていないととてもそう見えないって言われてしまうんです」

「そうなんですか。カウンセラー……」


 はぁー、と感嘆の吐息を漏らす。台舞高校にもスクールカウンセラーがいるが、お世話になったことがない。本物のカウンセラーと話すのは、これが初めてだった。


 女性は「あ」と気づいたように声を上げる。


「自己紹介をしていませんでしたね。私は静島しじまココロといいます」

「わたしは引島ミドリです」

「僕は道化。名前はないね」


 どこか誇らしげに言うので、ミドリはつい、道化のわき腹を肘で小突いた。


 ただ、ココロはぼんやりとした様子で「はぁ」と返すのみだった。確かに白衣を着ていないと、とてもカウンセラーには見えないだろう。


 ミドリはこほん、と小さく咳払いした。


「ええと、ペルソナちゃんですか? あなたの飼い猫なんですか?」

「ええ、そうです。ちょっと目を離した隙に逃げ出してしまって。ああ見えて好奇心旺盛な子で、見つけたものを手当たり次第に拾ってくるんです」

「なるほど、それで僕の仮面を……」

「仮面?」


 ミドリはとっさに、道化の口を――お面の上から手で覆った。むぐむぐ、ともがく道化に構わず、「気にしないで下さい」と笑顔で言う。


「それで今、探しているところなんですね」

「ええ。ちょっと臆病なので人前には出てこないと思います」

「なるほど。それなら人気の少ないところに行くかもしれませんね」

「みふぉりくん、いきが、くるひいんだが……」


 ぱっと手を離し、道化がせき込む。


 その様子を見ていたココロはゆっくりと首を傾げた。


「気にしないで下さい。この人、ちょっと調子に乗るところがあるので」

「そうなんですか」

「辛辣だね、君……そういうキャラだっけ?」

「とにかく」と手を叩く。

「わたしたちもペルソナちゃんを探すのお手伝いしますね」

「ええと、いいんですか……?」

「もちろん」とうなずく。


 ココロは「嬉しいです」と言い――困り顔になった。


「でも、なんだか申し訳ないです」

「いえいえ、大丈夫です。この道化さんの……大切なものをペルソナちゃんが持っていってしまったので。だからわたしたちも探していたところなんです」

「そうなんですか。それはますます、申し訳ないです」


 深く頭を下げる。


 ミドリは慌て、「大丈夫です!」と手を振った。


「とにかく、探しに行きましょう。どこか行きそうな場所に心当たりはありませんか?」

「とりあえず、人の多いところは苦手です」

「ふんふん」

「高いところと狭いところが好きで……」

「猫ですからね」

「時たまにびっくりするような場所にも行ったりします」

「それは、例えば?」

「例えば……そう、あそこみたいな場所ですね」


 ココロは高層マンションのある方向を指さした。先ほど黒猫を見かけた場所から、そう距離は遠くない。


「道化さん、どう?」

「手がかりもないし、行ってみるしかないだろうね」

「すみません、私がきちんと注意してなかったせいです」


 ぺこりとしながら言うが、どこか眠たげな目つきなのであまり真剣みが伝わらない。


「じゃ、行ってみましょう」とミドリは胸の前で両手を握り込んだ。

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