~幕間~「猫と道化のキャットウォーク」

寿 丸

第1話「仮面をくわえた黒猫」


 目の前を黒猫が通りがかった。


 どこかで見たことがあるような仮面をくわえて。


「……うん?」


 ミドリは思わず二度見した。もう黒猫はミドリに尻尾を向け、軽快に歩いていく。一瞬のことだったので、自分の見たものに確信を持てなかった。


「気のせいだよね」

「いや、気のせいではないよ」


 すぐ後ろから聞き覚えのある声がして、ぎょっと振り返った。


 黒と白のひし形が交互に配置された衣装。先の尖った靴。


 そして顔には――屋台で売っているようなヒーローもののお面。


「……何をやってるの、道化さん」

「おや、こんなお面で僕だとわかるものなのかい」

「そんな恰好をしているの、道化さん以外にいないよ」


 呆れたように肩を落とすと、道化は肩をすくめてみせた。


「元気にしてたかい? と聞きたいところだが……急ぎの用事があってね」

「その、変なお面をかぶってるのと関係あるの?」

「変なお面とは失敬な。僕が子供の頃からのヒーローだよ。最近はスポンサーの横やりと少子化の影響もあって玩具売上や視聴率に苦戦していたこともあるが……」

「いや、聞いてないから」

「そうか。話がそれたね」

「ほんとにね。……で?」


 道化はうなずき、腕を組んだ。


「実は言いにくいことなのだが」

「仮面をなくしちゃったの?」

「それだけならまだ探しようがあるが……」


 道化にしては歯切れの悪い返答だ。


 まさか、という思いでミドリは問いをぶつけてみた。


「道化さん。さっきの黒猫があの白い仮面をくわえていたような気がするんだけど」

「ぎくっ」

「……まさか?」

「そう、そのまさかなんだよ」


 道化は次のように語って聞かせた。


 曰く、いつものようにジャグリングの練習をしていたこと。


 休憩のつもりでベンチにもたれ、水分補給のために仮面を外したこと。


 その隙を狙ったかのように、先ほどの黒猫が仮面をくわえて行ってしまったこと。


「——で、現在追っかけているというわけさ」

「……道化さんらしくないミスをしたんだね」


 ミドリは半ばがっかりしたように言った。


 道化はちっちっち、と指を振る。


「ミドリくん。僕はこれでも道化なんだぜ。愉快かつ滑稽な歌と踊りで観客を楽しませるのが使命なのさ」

「この場合の観客って、わたし一人だけだよね」

「…………さておき」

「あ、話そらした」


 ミドリのジト目に構わず、道化はお面の下部を撫でた。


「こう見えても僕は結構焦っていてね。今すぐにでもあの仮面を取り戻さないと、困ったことになるんだ」

「困ったことって?」

「例えば、誰かが好奇心半分で仮面をかぶったりとかね」

「そうすると、どうなるの?」

「前にも言ったが、仮面は使い手の心を反映したものだ。いわば世界にひとつだけの、オリジナルの仮面というわけさ。そんな仮面を何も知らない人間がかぶれば……まぁ、〈カオナシ〉になる可能性もある」

「それって大変じゃない!」

「そうなんだよ」


 やれやれと首を振っている。


 他人事のような道化に、ミドリはますます目を細めた。


「とりあえず、さっさと取り戻さないといけないよね」

「おや、手伝ってくれるのかい」

「ここで道化さんを見捨てたりして行ったら、寝覚めが悪そうだもの」

「ありがたい。感謝するよ。メルシー」


 大仰に腕を広げ、丁重に胸に手を置く。


 ミドリははぁと息をついた。


「とりあえず、あの黒猫を追っかけよう。といっても……もうどこかに行っちゃったみたいだけど」

「猫は気ままな性格をしているからね。とはいえ、人通りの多いところに行くとは思えないかな」

「となると、まだこの辺りを離れてはいないよね」


 ミドリは周囲を見回す。普段は閑静な住宅地だが、道を曲がればすぐに大通りに出られる。黒猫は反対の方角に歩いていったため、道化の言葉は的を得ている。


「で……どちらの方向に行ったかな?」

「たぶん、あの角を曲がっていったと思う。公園に行ったんじゃないかな」

「ではまず、そこで探してみるとしよう」


 ミドリはうなずいた。

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