優秀な攻略対象
「王子……っ!」
私はフランの腕の中で身をすくませた。
婚約者以外の男に抱かれるこの状況は、ストレートに不貞の現場である。言い訳の余地もいっさいゼロ。このままふたり一緒に処断されても、文句が言えない。
しかし、オリヴァー王子はくしゃりと力ない笑顔になった。
「いいよ、そのままで。君とフランドールの関係は知ってる」
「えええ……」
確かに私の恋心は、周りに見抜かれがちではありましたが。
婚約者の王子本人に悟られるほど、おおっぴらに感情を表に出していた覚えは……え? マジでそこまでダダ漏れだった?
さっきまでとは別の意味で焦るけど、王子本人に聞き返すわけにもいかない。
フランに抱えられるまま、座り込むしかできなかった。
「……王宮のあちこちで火が出たって聞いて、窓からあたりを警戒してたんだ。そうしたら、離宮の橋が落ちたのが見えてね。きっと君が狙われてると思ったんだ」
橋ひとつでそこまで考えられるなんて、驚きだ。
正直、王子の推理力を侮っていた。
「王家の抜け道を使えば、堀の下から離宮に入れる。ルートはそれでいいとしても、現場で何が起きてるか、わからないだろ? そこでフランドールに同行してもらったんだ」
王子はフランを見る。
「彼なら抜け道の秘密を口外しないし、何より、絶対に君を守るからね」
そして現在、私はフランの腕にいる。
彼の予想は全部当たったわけだ。
でも。
私は不安を口にする。
「いいんですか? そんなことをして」
「人の、君の命に係わることだ。いいも悪いもない」
「刺客を差し向けたのは王妃様です。あなたが邪魔をしたとわかったら、どんなことになるか!」
「どうにも、ならないんじゃないかな」
王子は疲れたため息をもらした。
「俺の間の悪さは王宮中に知れ渡ってる。婚約者の命救いたさに、勝手に抜け道を使ったところで、いつもの愚行だと思って流されるさ」
「そ……」
そんなことない、とは言えなかった。
実際、王立学園では彼の暴挙に何度も振り回されていたから。今回のことだって、安全なところで結果だけ聞いたら『ああ、また……』と言ってしまいそうだ。
しかしそれは、彼を評価する者がどこにもいない、という事実を肯定することになる。
「戻ろう。まずは全員、医師の手当を受けないと危険だ」
王子がクリスを背負って、フランがタニアを担ぐ。ローゼリアは縛り上げたうえで、フランが引きずっていくことになった。人間をふたり抱えるのは大変では? と思ったけど、フランが「どうということもない」と否定したので、それ以上言えなかった。
けが人を連れて行く男たちについていこうとして、人数が少ないことに気が付いた。
王子の隣にヘルムートがいない。
二十四時間三百六十五日、常にオリヴァーの影として付き従っていた少年の姿がなかった。
私にとってのジェイドやフィーアと同じ、彼もまた王子の側近だ。戦闘能力も高い。
婚約者を助けるなら、まず最初に彼を頼るのがスジである。
それなのに、王子は単独でフランと手を結んだ。
ヘルムートが単に離席していただけならまだいい。
でも、ついにヘルムートさえも王子の元から去っていたのだとしたら。彼の味方をしてくれる人間は、あと誰が残っているんだろうか。
私は改めて王子の後ろ姿を見る。
出会ってから初めて目の当たりにした、明晰な推理と聡明な判断。
それはゲームの中の優秀な攻略対象を思い起こさせた。
ゲームの王子は、自分を顧みない母親を反面教師にして、心優しい青年に育った。
母親にも婚約者にも、側近にさえも顧みられなくなった今の彼と、状況が重ならないだろうか。
周りに見捨てられた結果、本来の才能が開花したのだとしたら、こんなにもやりきれないものはない。
かといって、王子を慰めることも励ますこともできず、私はとぼとぼと彼らの後を追った。
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