お着換え
「この箱でいいのか?」
「はい、お願いします!」
ライラの指示に従って、部屋の奥からフランとジェイドが大きな箱を持ってきた。箱にはリッキネン商会の荷物であることを示す焼き印が押してある。中身は私たちのために彼女が用意してくれた衣類だ。
「申し訳ありません、宰相家の方に荷物運びをさせるなんて」
「気にしなくていい。今ここで動ける男手は俺とジェイドだけなのだから」
「出入口が極端に制限されてるせいで、誰も入ってこれないのよね」
「警備の都合はとてもよいですが」
ネコミミメイドが周囲を警戒するようにあたりを見回す。それを聞いてジェイドがうなずいた。
「外から人が入ってこれないよう、堀がかなり深くなってたからね。しかも、水中にも塀にも罠がたくさん仕掛けられてるし」
「仕掛けを素直に信用したりはしませんが、外敵の侵入ルートはかなり絞れるかと」
「このまま、制限は続けるか。そこの橋を通過できるのは、この場にいる者と姉と……そうだな、ツヴァイまでとしておこう。武器探知機も設置するよう指示しておく」
「さっきの彼か。身のこなしは良さそうだったが、何者なんだ?」
マリィお姉さまのあとについていった黒い影の名前を出され、クリスが首をかしげた。そういえば、このメンバーだとツヴァイと面識がない子もいるのか。
「彼はフィーアのお兄さんよ。フランの従者として働いてるの」
「なるほど……納得した」
武闘派姫君は神妙にうなずいた。
武術をたしなむ者として何か感じるところがあったんだろう。
「この板を外せばいい?」
ジェイドが箱のふたに手をかけてライラに尋ねた。彼女がうなずくとすぐに、べりべりと音をたてて、くぎ付けされていた板が引きはがされる。中には色とりどりの衣装が詰まっていた。
「仕事に必要だろうから、先にフィーアの服を出すわね。うちの屋敷で使っているお仕着せの衣装セットをまとめて持ってきたから、とりあえずこれを使って」
「ありがとうございます」
服を受け取ると、フィーアはさっと退場していった。
すぐに着替えてタニアを手伝うつもりなんだろう。
「こっちの青いのはシュゼット用ね。赤がリリィで、緑がクリス」
「みどり……?!」
差し出された服を見て、クリスがぎょっとした顔になる。
「あれ? クレイモア家って紋章に緑を使うわよね。だから、合いそうな色にしてみたんだけど」
加えてクリスは見事な銀髪に紫の瞳だ。緑が映える。だからこれまでも緑の服は何度も着てきた。しかし今日だけは身に着ける気にならないだろう。
「い……いや、もう緑はいい……」
「落ち着いて、クリス。さっき見た緑とは質感も色も違うから。全然別の染料で作ったものよ」
「緑がどうしたっていうのよ?」
顔色の悪い私たちを見て、ライラが首をかしげる。
「さっき、目にもまぶしい緑のドレスを着せられそうになったのよ……」
「まぶしい? もしかして、あの染料か」
ディッツと一緒になって、緑の染料事件にかかわっていたフランの顔色が変わる。その後ろで、ジェイドもまた顔をこわばらせた。
「ええもう、それはそれは見事だったわよー。ドレスだけじゃなく、シーツもカーテンも全部緑!」
「うわぁ……」
ジェイドが思わずうめいてしまったのはしょうがないと思う。
「だから緑の何が問題なのよ」
事情を知らないライラだけが、ひとり首をかしげたままだ。
「何年か前に、明るい緑の染料がはやったことあったでしょ」
「ああ……安くて色がきれいだからって、王都じゅうが緑になってたわね。あの生地を使うと肌がかぶれるって報告があったから、ウチでは扱わなかったけど」
「リッキネン商会の判断が真っ当すぎる」
「次からドレスはリッキネンに発注しよう」
「だからなんなの!」
「あの染料の元は猛毒なのよ」
毒、と聞いてライラの顔もひきつった。
「しかも毒は染料だけじゃなかったの」
私はローゼリアたちから受けた接待について、細かく説明する。私たちが推理した王妃の目的まで報告したところで、部屋に重い沈黙が落ちた。
「あの毒婦め……楽に死ねると思うなよ……」
とてつもなく低い声がフランの唇から漏れでる。
その瞳が今どんな色をしているのか、恐ろしくて確認できなかった。
恋人でも怖いものは怖い。
ライラがため息交じりにつぶやいた。
「学年演劇の時も思ったけど、フランドール様って一番怒らせたらいけないタイプだと思うわ」
私もそう思う。
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書籍⑤巻発売まであと4日!
詳しい情報は近況ノートとXにて
@takaba_batake
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