緑の間

「リリィ、これって……」

「あー……さっきのドレスと同じ染料ね。色が一緒だわ」

「部屋が全部? 嘘だろ?」


 客間に通された私たちは、案内の女官が退出すると同時に声をあげてしまった。

 調度品すべてが同じ緑で統一されていたからである。

 三人並んで寝ても余裕がありそうな、キングサイズのベッドは緑。天蓋のレース生地も緑、ふかふかのカーペットも緑、どっしりとして座り心地のよさそうなソファも緑、その上のクッションも緑。もちろんカーテンも壁紙も緑だ。

 単純に同じ色を使わず、濃淡に変化をつけ要所に差し色を配置することで、部屋全体のバランスがとられている。この部屋のデザインだけ評価するなら、同系色をうまく使った最高に美しい部屋と言えるだろう。

 染料に猛毒が使われていなければ、の話だが。


「広くて寝心地よさそうだけど、このベッドは使わないほうがいいんだろうなあ」

「ヒ素中毒になるからねえ。ソファも座っちゃダメだし、スリッパも脱いじゃダメだと思う。っていうか、そもそもこの部屋で呼吸してること自体がアウトな気がする」


 私は慎重にカーテンを避けて窓を開いた。

 せめて風通しはよくしておいたほうがいいだろう。


「こんな緑だらけのお部屋……お世話をする女官にも良くないんじゃないですの?」

「毎日掃除してるだけで、中毒になるだろうね。ベッドシーツを洗濯してるランドリーメイドも被害にあってるんじゃないかな」

「女官は王妃の配下だろうに」

「末端の雑役女中は使い捨てなんでしょ」


 多くの権利を持つ貴族には、使用人をヒトとして認識してない者がいる。王妃がそのタイプの人間だったとしても、私は驚かない。


(自分の力では手に余る、と判断したら空の見える場所に全員で逃げろ)


 別れる前に告げられた言葉が頭をよぎる。

 この事態はそろそろ手に余る状況と言わないだろうか。

 毒だらけの客室に友達を一晩だって泊まらせたくない。だけど、逃げるにしたって、もう少し理由がほしい。

ただ出て行っただけじゃ、王妃の厚意を受け取らない恩知らず令嬢って言われるだけだしなあ。

 考えていたら、また部屋がノックされた。

 返事をすると女官を従えたローゼリアが姿をあらわした。彼女たちは大きなワゴンを押して入ってくる。ワゴンからはいいにおいが漂ってきていた。


「ご夕食を用意いたしました。お疲れでしょうから、こちらのお部屋でそのままお召し上がりください」

「……私の侍女はどうしたの? あの子に毒見をさせたいのだけど」


 いないのはわかりつつ、質問する。彼女も答えを用意していたのだろう。淡々とうなずいた。


「あの娘はまだ仕度中です」

「ユーザ登録に手間取ってるっていっても、時間がかかりすぎじゃないの?」

「申し訳ありません。しかしながら、こちらもあの娘の無作法さに手を焼いておりまして」


 ほうほう、フィーアのせいにすると。

 あの子がその場から逃げ出す、つまり職務放棄したのは事実みたいだしね。

 こう言っちゃうってことは、彼女の行方不明について何かしら責任を押し付ける理由が作られているんだろうなあ。

 私は追及をやめて、ワゴンを見た。

 ローゼリアと問答している間にも、女官たちはてきぱきと食事の準備をしている。どの料理もできたてでおいしそうだ。きっと、材料自体は最高級品が使われているのだろう。

 しかし、賭けてもいい。

 あの中には遅効性の毒、もしくは微毒が仕込まれているに違いない。


「シェフが腕によりをかけて用意しました。どうぞお召し上がりください」


 にっこり笑顔が恐ろしい。

 いただきます、とは言えずに私たちは視線をさまよわせた。しん、と緑だらけの部屋に沈黙が落ちる。その次の瞬間、ぐうううぅぅ、という大きな音が響き渡った。

 クリスの白い頬がさっと赤くなる。


「あの、これはその」

「クリスティーヌ姫は運動がご趣味ですものね! さぞかし、おなかがすいてらっしゃいますでしょう?」

「いや……」


 いくら食いしん坊のクリスでも、この状況で料理に手をつけるほど馬鹿じゃない。

 にこにことほほ笑んだまま迫られて、クリスがじりっと後ろにさがった。

 どうしよう?

 また難癖をつけて彼女たちを部屋から追い出そうか。

 でも、そんなことをしたって、ごはんが食べられない状況は変わらない。毒だらけの部屋でただただ消耗するだけだ。

 かといって理由もなく出て行ったら、それはそれで私たちが批難されることになる。

 部屋と、料理と、ローゼリアの翡翠の瞳を見比べながら、必死に思考している私の背後から、黒い影が飛び出した。

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