おそろいのホクロ

「どうもこうも、ホクロを消すのは難しいが新しく『作る』のはそう難しくないだろ。おじい様と義母上に協力してもらって、それぞれの体に『増やし』たんだ」


 増やし方は単純な化粧ではないのだろう。

 その証拠に、体を洗われ湯舟に浸かっている今も、彼女のホクロが消えることはない。


「……まさか、そんな理由で刺青をいれたの?」

「いや、これは特殊な染料を使ったペイントだ。記録したテンプレートに沿って、肌を染めてる」

「ぺいんと」


 確かにそういうの、現代日本にもあったし、ディッツの作った薬にも『絶対落ちない眉墨』とかあったけど。


「半年ごとに塗りなおすのは面倒だし、私は刺青でもいいと言ったんだがな。ヴァンが『女の肌に消えない痕を残すのは嫌だ』と言い張って……」

「クリスはヴァンに愛されすぎじゃない?!」


 唐突にノロケを突っ込んでくるのやめていただけませんか!


「どこが愛……いや、そうか……そういうことか~……」


 反論しようとしたクリスは、急に顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 なんだこのかわいい反応。

 いつもだったら「いいだろう!」と笑顔で胸をはるところなのに。


「う、うるさいな。やっと実感したところなんだよ」

「あれだけいちゃいちゃしておいて?」

「だからあれは! 共犯者だって思ってたからできてたことで! その……そういうのは……」


 クリスは耳まで赤くなっている。

 ええー?

 あれだけ一緒にいておいて、気持ちがおいついてきたのが今ってどういうこと。

 クレイモア夫婦の思考がわからない。

 旦那のほうはどう思って……いや、こんなになってるのはクリスだけか。

 感覚派の彼女と違って、ヴァンは自分の感情を俯瞰してみてるところあるからなあ。

 今度会ったら、そのへんのところつついてみよう。


「思考がわからないのは、リリィも同じでしてよ。今のホクロの話、私が聞いてていいものとは思えないんですけど」

「あれ? そうだっけ」

「ホクロを増やした話、おふたりのよく似た容貌……婚約するまでのクリスティーヌ姫の噂、クリスの剣術趣味。全部あわせると恐ろしい結論が出そう……」

「その件については、そのうち。宰相閣下が秘密兵器を見せてもいいって言ったくらいだし、クリスの事情も話すことになると思う」

「聞きたいような、聞きたくないような……あああ、やっぱり聞きたくないかも」


 他国の国家機密なんて、あんまり知りたくないだろうなあ。

 しかし、ここまで巻き込まれた以上、あきらめてもらうしかない。


「それよりはこれからのことを考えましょ。絶対、着替えにも何か仕込んでるはずだから」

「ボロボロの服を出してくるとか?」

「それはナイと思う。多分もうちょっと捻った方向で来るんじゃないかな」

「理由をお聞かせ願ってもよいかしら?」


 首をかしげるシュゼットに私はうなずいた。


「今回の件は、そもそも王妃の申し出あってのことなのよ」

「宰相閣下もおっしゃってましたね。あちらから協力させてくれ、と言われたと」

「そのやりとりがあった上で、王妃直属の女官が身柄を引き受けた。だからそこから先は全部王妃の責任なのよ。シュゼットに何かあったら王妃が責められることになる」

「だから、ローゼリアはシュゼットにだけは強く出ないのか」

「そう。私とクリスにだって直接的な嫌がらせはできないはず。どっちも伯爵家や侯爵家が黙ってないからね。今までの分断作戦だって、表向きは全部私たちのためにしてることでしょ」

「味方から離されるのは困るが、結局三人で王宮の浴室を使ってるわけだしな……」

「現状だけ見れば、ただ接待されているだけですわね」


 王妃側の落ち度はない。

 今のところは。


「だから、着替えも、この後用意される食事や寝床も最高級品のはず」

「風呂から出たら、フィーアも戻ってくる予定だしな」


フランとジェイドのふたりとも、遠からず合流できるはずだ。

ひとりにさえならなければ、大丈夫のはず。

はず、はず、はず。

全部そのはずだ。


「でも……あの王妃がそんな無駄なことをするかな?」


 疑問を口にする。

 トラブルが起きれば王妃の責任になる。だから、こちらもおとなしくしていれば、何事もなくマリィお姉さまの用意した女官たちのところへ行ける、と思う。

 しかし、王妃側から見たら、それはあまりに旨味がない。

 憎い私たちを懐にいれておいて、ただで帰すなんてつまらないじゃないか。

 何かあるはずだ。

 彼女が私たちを招いた思惑が。

 そしてそれは……脱衣所で着替えを見た瞬間姿をあらわした。

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