おいでよハルバードの城

「一番の問題は女子寮だな」


 クリスが視線を上にあげた。いつもなら、中庭の垣根ごしに四階建ての女子寮の屋根が見える方角だ。しかし、今そこに建物の姿はない。


「生活基盤そのものがなくなってるんじゃ、勉強は無理よね」

「この場合、授業はどうなるんですの?」

「多分、寮を再建するまで休校じゃないかしら」


 寝泊りする場所もないのに嫁入り前の女子を何十人も預かってられない。不幸中の幸いというか、何というか、女子部のカリキュラムは花嫁修業がメインだ。卒業資格が就職に直結している男子学生と違って、嫁ぎ先が決まるのなら無理して通う必要はない。この機会に自主退学して結婚してしまう生徒は多そうだ。


「だとすると私の留学はここまで、ですわね……」


 ほう……とシュゼットが残念そうなため息をもらす。

 ハーティアとの外交戦略が裏にあるとはいえ、表向き彼女の留学目的はお勉強だ。学びの場そのものが存在しないのでは意味がない。

 キラウェアとしても、宿舎すらない学校にお姫様を置いておけないだろう。


「やっと仕事が軌道に乗り始めたところだったのに、残念ですわ」


 そういえば、つい昨日フランからシュゼットが『こっち側』になったと聞いた。ミセリコルデ家とパイプを作り、新しい外交ルートを作るきっかけができたところだったんだろう。成果を出す直前で仕事を辞めさせられるのはくやしいに違いない。

 これでシュゼットが男子なら、『もう一度おいでよ』と言うところだけど、彼女は王族女子。数年後には結婚して子供を産まなくちゃいけない。身軽な外交活動ができるのは、今回が最後なのだ。

 私としても、せっかく仲良くなった彼女と別れるのは残念だ。


「だったら、ハルバードに来る?」


 ふと思いついたアイデアを口にしてみた。

 シュゼットはぱちぱちと目を瞬かせる。


「あなたのご実家ですか?」

「そう。この地震は王都を中心に起きたものだから、南部まで被害は出てないはずよ。避難を理由にハルバードへ移動して、そこでお勉強を続けるってのはどうかしら」


 いわゆる疎開ってやつだ。


「ハルバード城なら、安全は確保できますわね。でも、キラウェア本国を納得させるには、相応のカリキュラムが必要ですわよ」

「南の名門ハルバード家をナメないでちょうだい」


 私はにやっと笑った。


「ダンスの申し子白百合直伝のダンスレッスンでしょ、東の賢者仕込みの医療魔法授業、さらに、大富豪の実業家アルヴィン・ハルバードの経済学授業も受けられるわ」

「お父様が聞いたら卒倒しそうですわね。どうして学園から出たほうが授業水準が上がるんですの」


 シュゼットは額に手をあてた。いろいろついていけないらしい。


「世話役のフランをそのまま連れていけば、ミセリコルデ家との外交ルート交渉も続けられるでしょ」

「あなたも嬉しいでしょうしね」

「ナンノコトデスカー?」


 混乱する状況で、下手にお世話担当を変えないほうがいいだろうなーって思っただけですよー。下心なんてありませんよー?


「そのハルバード留学、私も行ったらダメか?」


 なぜかクリスがずいっと身を乗り出してきた。

 うちの家格なら、お姫様がもうひとり増えても問題ありませんが。


「だってハルバードといったら、最強騎士のお膝元だろう? きっと精強な騎士たちが訓練を……!」


 目をうるうるさせながら、おねだりする姿はかわいいんだけど、内容がだいぶアレだった。めちゃくちゃクリスらしいけど!


「いいわよ、クリスも一緒に行きましょ」

「やった!」

「いっそのこと、女官や侍女希望の女子生徒も全員連れていって、ウチで教育しちゃうかな……」


 休校中、暇になっちゃう女子部の先生たちも連れていけば、雇用も守れて一石二鳥だ。それなりに費用はかかるだろうけど、ハルバード家はお金で問題解決するのが得意だし。

 父様たち正規軍の救援が来たら提案してみよう。そうしよう。

 楽しい学生生活の続きを夢見て、私たちは笑いあう。

 しかし、その計画は実現できなかった。




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