ふたりきりの密室
私が止める間もなく、ヴァンはログアウトして出ていってしまった。
「あ……う……」
残された私は、うろうろと視線をさまよわせる。振り向くと、いつのまに移動してきたのかフランがすぐ隣に立っていた。常に私たちの側にいるはずの、白猫の姿もない。AIの高度な判断でそっと席を外してくれたらしい。
するっと肩に手が回されて、引き寄せられる。
フランの体温をダイレクトに感じて、かあっと頬が熱くなった。
ひょっとして、この状況はすごくマズいんじゃないだろうか。
仮想空間は完全な密室だ。私たちが何をしていても、誰にもわからない。
そう、何をしていても。
「あ……」
フランの青い瞳が私をじっと見つめている。その眼差しからは、彼が何を考えているかわからなかった。
彼は一体、私に何をするつもりなのか。
私は何をするべきなのか。
何を言ったらいいのかわからなくて、固まっていたら。
「ぶっ……くくくくく……はははっ!」
こらえきれなくなったらしい、フランがとうとう笑い出した。
「フラン?!」
「わ……悪い。そこまで警戒するとは思わなくて……」
「今までさんざん煽っておいて、それ言う?」
「それはそうなんだがな……は、はは……」
体をくの字に曲げてまで笑っているのは、かなりツボに入った証拠だ。この男、どうしてくれよう。
「心配しなくても、この空間内ではせいぜい抱きしめてキスする程度のことしかできない」
「そうなの?」
「おそらくだが、それ以上のことをするための機能が、存在しない」
「……管制施設だもんね。人体の感覚は再現してても、男女のいちゃいちゃに必要なプログラムまでは作られてないのか」
どんなにリアルに作りこまれていても、ここは仮想空間。システム側が用意してない行動は、やろうと思ってもできない。
「でも、どうして開発者でもないフランに、そんなことがわかるの」
デジタル関係とは無縁だったはずのフランが、私以上に機能を理解しているのは不自然だ。私が首をかしげていると、フランはあいまいに笑った。
「女のお前にはわからないだろうが、感覚的にな……」
つまり、自分の今の体にそういう機能がある感じがないと。
そんな事実は知りたくなかったかなぁー?!
「ああもう、ドキドキして損した! もちお、レイアウト変更! 壁のモニターが見える位置にソファを出して!」
命令すると、無言でソファが出現した。男女ふたりで座るのにちょうどいい、ふかふかソファだ。
もうこの際だから思いっきり甘えてしまおう。
私はどすんとソファに座った。フランもその隣に座ってくる。
「なでなでして! たくさん!」
「承知した」
フランは苦笑しながら頭をなでてくれる。
大きな体にもたれかかって感じる体温が、心地よかった。
「……そういえば、この端末は連絡をとるのに使えると言っていたが、どうやるんだ?」
フランがもちおに渡されたスマホを手に取ってささやく。私も同じようにスマホを手に持った。
「このアイコンが通話。お互いが離れたところにいても、声を届けて会話することができるの。文字を送り合えるメッセージアプリもあるけど、フランたちにタッチタイプとかフリック入力しろって言うのは無茶な話よね」
入力画面自体はこっちの世界の言葉になってるけど、タイプライターもキーボードも触ったことのない彼らには、何が何だかよくわからない機能だろう。
「なんとなくで使えそうなのは……」
つらつらとアプリを見ていた私は、そこで手を止めた。
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