惨状

 大急ぎで制服に着替えた私は、フィーアを連れて学園を取り囲む城壁へと向かった。元々城塞だった王立学園には、城壁の各所に周囲を見回すための物見やぐらが造られている。セシリアが向かったのは、そのうちのひとつだ。

 学園の東側、王都に一番近いやぐらの階段を駆け上る。

 屋上に出ると、ストロベリーブロンドをなびかせながら立つ少女の姿があった。その隣には、彼女を風から守るようにして立つ、銀髪の少女の姿もある。


「セシリア、クリス」


 声をかけると、クリスだけがこちらを振り向いた。セシリアはまだ、黒煙のあがる都市の方向を食い入るようにして見つめている。

 セシリアの隣に立つと、私の目にも王都の惨状がとびこんできた。

 黒煙の原因は、やはり火事のようだった。

 王都のあちこちで大きな火の手があがり、その中のいくつかは、炎そのものが竜巻のように渦となって吹き上がっている。


「どうして火事が……? まさか、この機に乗じて王都に敵が?」


 遅れてやってきたフィーアが疑問を口にする。


「地震火災、ってやつね。地震が起きたのは早朝だったでしょ? パン屋とか、火を使う商店はもう仕事を始めてただろうから、火の入った竃が壊れたりして火事になったんでしょう」


 地震が起きたら、次は火事が起きる。

 現代日本人がよく耳にする災害知識だけど、地震を体験したことのないファンタジー世界の住民にとっては、理解が追いつかない状況だろう。


「……この地震を起こしたのは、ユラですよね」


 ぽつりとセシリアがつぶやいた。


「私が……彼を拒絶したから」


 ため息とともに漏れた台詞を聞いて、私は何故彼女の様子がおかしかったのかを察した。


「それは違うわ」


 セシリアの手を取って、無理やり視線をこちらに向けさせる。


「あなたが考えてることは、だいたいわかるわよ。昨日の一件で、ユラは『乙女の心臓』にも、管制施設にも介入できなくなった。超兵器に手出しができなくなったから、最終手段として封印破壊に踏み切ったんでしょう。まさかこんな早くに切り札を使うとは思わなかったけど」

「だとしたら、やっぱり……」


 セシリアはまた俯く。

 女神のゲーム知識を持つ者として、私たちはユラが未来に引き起こす悲劇の一部を知っている。だから、何か起きると、その責任の一端が自分にあるのではと思ってしまいがちだ。でも、私もセシリアも、世界の悲劇全てを背負ってられないし、そんな責任もない。


「だからって、あいつに『乙女の心臓』を渡せないでしょ。あのまま、管制施設をハックさせてたら、もっとひどいことが起きてたわよ」

「そうなん……ですけど……でも、他にやりようがあったんじゃないか、って」

「昨日のアレ以外に、何がどうできたっていうの」


 バグった女神のダンジョンの中で、私たちがとれる行動は限られていた。

 あれ以上のことをしろって言われても無理だ。


「管制施設を乗っ取ろうとしてたのはユラ! 封印を壊したのもユラ! 世界を滅ぼそうとしてるのもユラ! 悪いことをしようって決めて、実行したやつが悪いの!」


 この事態がセシリアのせいなんかであるもんか。

 そう断言しても、セシリアは顔をくしゃくしゃにして涙をこぼす。


「でも……私は……」


 ふら、とセシリアの体が傾いた。

 糸の切れた人形のように、力なく崩れ落ちていく。


「セシリア!」


 間一髪、地面に激突する直前でクリスがその体を受け止めた。


「セシリア! 私の声が聞こえる? セシリア!」


 ぱしぱし、と軽く体を叩いてみても反応がない。完全に意識を失っているようだ。

 浅く息をする彼女の額には、脂汗が浮いている。


「リリィ、これって……」

「昨日からストレス続きだったからね。多分、キャパオーバーを起こしてるんだと思う」

「ずっと緊張してたからな……」


 クリスはセシリアの体に手を回すと背に負う。このまま、安全なところまで運んでくれるつもりなんだろう。

 力なくクリスの背によりかかるセシリアの顔を覗き込んでみる。

 心労がたたって、セシリアのかわいらしい顔が台無しだ。

 きっと今、彼女に必要なのは支えてくれる誰かだ。でも、血の繋がった家族はもうすでに亡くなっているし、新しくできた後見人も、彼女の全てを受け入れてくれるほどの間柄じゃない。転生者としてかなり近い立場にいる私でも、セシリアは頼ろうとしてくれない。

 聖女の力の根源は、恋する乙女心だ。

 彼女が純粋に誰かを想い頼りにする……恋をすることで救われ、世界も同時に救われるんだと思う。

 でもこの状況で、彼女が自発的に心を預けられる相手って、現れるんだろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る