文殊の智慧
「まずは、ユラの行動分析だな……」
「セシリア、申し訳ないんだけどユラの行動について思い出してもらっていいかな?」
「は、はいっ!」
ケヴィンに問われて、セシリアが背筋を正した。
「ユラはいつも君になんて声をかけてた?」
「……実は、ユラから声をかけられることは、少なかったです。大抵彼が何か悪質なイタズラを仕掛けようとしているのを見つけて、私が注意していました」
「イタズラをして話しかけさせるって、構って野郎かよ」
ヴァンが嫌そうな顔になる。ケヴィンが苦笑した。
「それはある程度当たってるんじゃないかな。彼はセシリアに声をかけられると、嬉しそうにしていたから」
「うう……」
「注意したあとはどう? あの性格だと反省はしなさそうだけど」
「確かに自分を顧みるようなことはありませんでしたね。私が注意すると、いつも決まって『イタズラはやめるから、ひとつお願いをきいてほしい』とワガママを言ってました」
「君はそれを聞いていたの?」
こくん、とセシリアが頷く。
「とんでもないワガママなら拒否しましたけど、一緒に食事しようとか、どこかを案内してくれとか、他愛もないことばかりだったので」
「そこだけ聞くと、ただのはた迷惑な口説きテクだな」
「実際、一緒に行動していた間は歯の浮くようなことばかり言ってましたよ」
ワガママを言って振り回して、甘いセリフを吐く。それは求愛行動のひとつのようだけど、その結果ユラはセシリアに益々嫌われている。アギト国の主がそんなことでいいんだろうか。
「なあ、そのワガママって具体的に覚えているか?」
話を聞いていたクリスが口をはさんだ。考えるのは旦那の仕事、と会議ではいつも静観を決め込んでいる彼女にしては珍しい。
「具体的に、ですか?」
「ああ。武道でよくあることなんだが、下手に言葉を分析するより、直接太刀筋を見たほうが、相手の人柄がわかることがある。口では大きなことを言っていても、実は慎重派だったりとかな。ユラは素の言葉をほとんどしゃべらないだろ? 台詞は一旦おいておいて、セシリアに何をさせたかを考えてみたらどうだ」
「確かにそれはアリだな。でもここ一か月のユラの細かいワガママとか……」
「大丈夫です、全部記憶していますから」
セシリアは疲れた顔で笑った。
「今回はありがたいけど、記憶力がいいのも考え物ね……」
「いいです、この際自分の能力は最大限利用します」
セシリアは覚悟を決めたのか、ユラのイタズラとワガママを順に紙へと書き出していった。すぐに膨大な量のワガママリストができあがる。
それを見て、ケヴィンが首をかしげた。
「確かに、イタズラはタチの悪いものが多いけど、ワガママのほうは他愛のないものばかりだね」
「イタズラとワガママ、天秤にかけてセシリアが従いやすいようにしてたんじゃない」
「……こうやって見ると、イタズラの手口はバラバラだけど、ワガママはどこかにつきあってほしい、って内容が多いな」
ぽつりとヴァンがつぶやいた。
そう言われて、改めてワガママリストを見ると、場所の名前が多く記されている。主な目的が食事や休憩だったりすることもあるけど、だいたい場所指定で希望が出されていた。
「でも、場所は全部バラバラよね?」
「そうだけど……いや、バラバラすぎねえか?」
ヴァンがはっと息をのんだ。新しく紙を持ってくると、簡単な学園の地図を書く。そこへセシリアが連れ出された場所をひとつひとつ記していった。
「中庭……裏道……第二花壇……」
「こうしてみると、学園中を満遍なく連れまわされているのがわかるわね」
「もちろん、機密資料のある研究施設付近は避けられていますけど、これは……分散しすぎていませんか?」
「デートって、場所の好みで行先が偏ったりするものよね? でも一度行った場所にもう一度訪れることはしていない……」
「もしかして、セシリアを連れまわすこと自体が、目的だった?」
ケヴィンの推測にヴァンが首をかしげた。
「っていっても、それで何の得が?」
「ちょっと待って」
ざわりと嫌な予感がして私は顔をあげた。立ち上がって、研究室に詰めている魔法使いの助手に声をかける。
「ジェイド、あなたに預けていた『攻略本』を持ってきて」
「こちらに」
すっ、とジェイドは立派な革張りの日記帳を差し出してきた。私はそのページをぱらぱらとめくり始める。
「お前……こんな時に日記を出すとか、大丈夫か?」
「黙ってて。これも明かせない秘密のひとつだから」
重要資料だけど、他人には黒歴史ポエムにしか見えない祝福がつらい。でも今はそんなことに構っていられない。
王立学園は、女神の乙女ゲームの主な舞台だ。ただの学校としてではなく、世界を救済するための様々なイベントが発生する。中には聖女が訪れただけで発生するフラグもある。
ユラの目的が、聖女訪問によるフラグ発生だったら?
彼女を連れていくことで、何かを見つけ出そうとしていたのだったら、辻褄は合わないだろうか。
小夜子としてゲームを真剣にプレイしていたのはもう6年以上も前の話だ。大筋は覚えていても、細かい攻略テクニックは忘れてしまっている。攻略本に情報があるとわかっていても、どこを見ればいいかはすぐにわからなかった。でも攻略本が読めるのは私だけだ。
「あった……!」
ページのある一点、地図が書き添えられた箇所に目的の情報を見つける。
「セシリア、開かずの図書室イベントよ」
「あ……!」
「何の話だ?」
ヴァンたち、乙女ゲームの事情を知らないメンバーは置いてきぼりにされて訝しがる。でも、説明している暇はない。
「とにかく図書室に急ぐわよ! フィーア、ジェイド、あなたたちも来なさい。戦力がいるわ」
「かしこまりました」
従者たちを連れて、私たちは図書室へと向かった。
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